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2005年12月18日

伯母の死

hana211.....tennokeppen.jpg
pfoto : tennokeppen



急に照明が激しくまたたいた。
なんだろう・・・。
幽体のアクセス・・と言っても、今はアクセスされる覚えがない。

するとすぐさまPCがフリーズした。
いつもならすぐに起こせる程度に済むのに全く立ち上がらないほどのフリーズ。
無理やり電源を切った。
と、同時に携帯が鳴った。
父からだ。

「おばちゃんが倒れた!今、手術中らしいんだ。すぐに向かうから用意してくれ。用意できしだいタクシーを手配するから。」

そんな、伯母が倒れたなんて。
彼女は父の腹違いの兄嫁にあたる。

過去、とても荒れた10代を過ごしていた時、わたしはしょっちゅう父親とぶつかり、それも激しかった。
どうにもわたしが言うことを聞かないとなると、父はすぐに伯父に電話をし、なんとかならないかとSOSを出した。
そうして伯父と共にいつも伯母もかけつけてきた。

父の理不尽さや暴力、精神的虐待に嫌気がさし、父の言うことはすべて受け入れなかった。
伯父たちはそんな父の気性を知っており、その理不尽さに父にいい加減にしろ!・・・と怒っていた。
伯父や伯母はいつも丁寧にわたしの言葉や気持ちを聞いてくれた。
もちろんわたしが悪いときもあって、そんな時は父のようにいきなり暴力を振るうんではなく、なぜいけないのか、そうすることでどんなに親を哀しませることになってしまうのか、愛をもって親切に教えてくれた。

伯父や伯母の声には素直に耳を傾けるので、どうにもならない状況に伯父や伯母がそばにいることがそうやってあった。
夏休みには友達と一緒に、家が数件しか存在しないかなりのど田舎に住む伯父たちの家に何日も泊まりに行ったこともある。
周りは畑や山や神社しかない。
ちょっとした買い物も、車で出ないといけないぐらいだった。
まるで娘たちがいるように本当に可愛がってくれた。

わたしが大人になり、結婚し、やがて1人で子供を育てていく中でも伯父や伯母はわたしをとても可愛がってくれ、わたしの息子も自分の孫のように可愛がってくれた。

そして2人はどんどん年老いていき、やがて伯父は心臓を弱らせ、足も悪くなり普通には歩けなくなった。
伯母も足を弱らせ、そして癌になり、余命3ヶ月を宣告された。

癌の宣告と共に、伯母の心の状態は変わった。
伯父との夫婦としての愛も変わった。
残り少ない自分の命を知ったときから、伯母の顔つきがどんどん優しくなっていった。
伯父をいたわるその姿に見ていても愛が感じられた。
結局、余命の3ヶ月を通り越し、さらに半年の月日が流れていた。

2人の夫婦としての関係には長年に渡りほんとに色んなことがあったのを知っている。
伯父の連れ子からの軽はずみな暴力、伯父の浮気など。
その後、わたしのいとこにあたる息子は社会に出、あからさまに人格が変わっていった。
義理の母である伯母をとても大事にし始めた。
彼自身、東京に出ていろんなことがあったんだろう。
伯母は涙を流して歓び、伯父もそうだった。
歳老いていくにつれ、伯父は伯母に感謝し、心から伯母をいたわるようになった。

伯母は田舎暮らしを離れ、どうしても京の町に出て住みたいと言った。
伯父はその伯母の願いを叶えたくて、あらゆる処分や段取りを済ませ、小さな庭付きの家を偶然にも見つけ住むことができた。
歳老いた2人が手を繋ぎ、まだ慣れない町を散策に出かけたりしていたらしい。
飼っている猫2匹とあとはゆっくり過ごしていこうな・・・そう語っていたという。

そんなある日のつい2日前、伯母が倒れた。
そして照明がバタつき、PCは頑固なフリーズをし、父から電話が入った。
わたしは、しばらくジィーとしてた。

ふと気配を感じる。
でも気にしなかったことにした。

用意をしようと洗面所に立つと伯母の声が入った。
「光がまぶしいの・・・。」
「大丈夫。光を恐れちゃダメ。怖がらず光にゆだねてみて。」

すると、
「恐い。恐くてしょうがないよ。」

声が聴こえなくなった。
顔を洗っていると、左の足首のパジャマのすそをあからさまに引っ張られた。
何回も。
顔を拭き、タオルをかけ振り向くと、なんとそこに伯母がちょこんと正座して座っていた。
一瞬かなり驚いたが、伯母は満面の笑みを浮かべ消えた。

そうして用意を進めていくと、どこからともなく今度はお経が聴こえてきた。
何か耳の錯覚か、どこかのうちでお経でもあげているのかと、あちこちの窓を開けて耳を澄ますが何も聞こえない。
お経は伯母が話し掛けた同じように聴こえてくるものだった。

用意を済ませ実家に行くと、父がまだ段取りをしていた。
用意をしながら、伯父も歳だしこれから交代で看病にあたる話になった。
わたしは東京に行くことやそれまでの日々のスケジュールを言い、それ以外を出来るだけ看病にあたるからと言った。
「もしやの場合もあるのに、お前はそれでも東京に行くのか。」
と言われた。
すでにスケジュールは前から決まっていたこと、すでにお金も依頼者から振り込まれていること、交通費は招待で手配されていることなど、詳しい事情を説明した。

「まぁいい。まだどうなるかもわからない内に葬式のことまで考えているわしもわしだ。縁起悪いことは考えないでおこう。」
そう言う父に、今さっき自分に起こったことはさすがに言えなかった。




病室に入った。
すると伯父がすぐに父を話があるからと部屋の外に連れ出した。
部屋で伯母とわたし、2人っきりになった。

「伯母ちゃん、蓮だよ。わかる?」
「ありがとねぇ、わかるよ。蓮ちゃん、伯母ちゃんもうダメだわ。」
「何、言ってんのよ。」
「伯母ちゃんにはわかるんだ。もうダメだってことが。」

そうだよね。
知らないふりして励ますなんてやめよう。
意識があるうちにちゃんと対応しよう。
その方が、おばちゃんも歓ぶ。
そう思った。

「蓮ちゃんにお願いがあるの。伯母ちゃんがいなくなったら伯父ちゃん1人になるでしょ。それだけが心配なのよ。蓮ちゃん、伯父ちゃんのこと頼むわね。」
「うん。わかった。」
「それとね、伯母ちゃんもう痛いのは嫌。お願いだからもうこれ以上、痛くしないで。コロっと向こうに行けるようにして。」
「うん。」
「蓮ちゃん、今までありがとねぇ・・・。」

こっちがありがとなのに・・・。

そして急にイタイイタイ・・・と苦しそうにした。
「おばちゃん、どこが痛いの?」
「お腹だよ。ほれ・・・」
と言って、かかっていた布団を下げぽっこり風船のように膨らんでいるお腹をわたしに見せた。

な、なんでお腹がこんなになってるの!・・・そう、当惑してると父たちが帰ってきた。
すると父がわたしを呼び出す。

「今、おじちゃんと話してたんだけどな。最後の可能性をかけて手術するか、もうこれ以上、痛い想いをさせるのはやめるか、どっちにするか担当医から決めるよう言われてるらしいんだ。手術をまたしたところで、どれぐらいまた寿命がもつのか、前みたく少しでも延命になるのか、それも手術してみないとわからないんだ。」
「パパ。おばちゃん今、蓮に言ったよ。もうおばちゃんは自分でダメなのがわかってるって。これ以上、痛い想いをするのは嫌だから、お願いだからスッと向こうに行かせてほしいって。」

「そうなのか?おじちゃんは、おばちゃんから何もそんなこと聞いてないって言ってたぞ。」
「でも蓮は聞いたよ。おばちゃん自身がはっきりそう言ったんだ。」
「わかった蓮。パパからおじちゃんにそのこと伝えて、おばちゃんの望み通りにするよ。」
「蓮。おばちゃんな、手術しなければもう2・3日で向こうに行くことになるからな。」
「う・・ん・・。わかった・・・。」

今日、伯母がわたしの元に訪れてきたこと、そして霊的にいろんなことを知ってきているのに、それでもわたしの感情は大きく揺り動かされ、涙があふれ出ようとした。
わかっているのに・・・。わかってるんだけど・・・。

でも感情は押さえられなかった。
涙が次々にあふれ止まらない。
そでで顔を覆ったわたしに父が
「気持ちが休まるまで下に行ってろ。」
と言った。

ここでわんわん泣き出したら、我慢してる父も伯父も泣き出してしまうから。
だから父は下に行って来いと言った。

泣きながら、しゃくりあげながら廊下を歩いた。
看護婦さんや先生とすれ違うけど、あからさまに泣きながら歩いているわたしが目に入っても、そっと軽く会釈してすっと行ってくれる。
病院ではこんなわたしみたいな人に出遭うことは、当然なんだろうな。

外に出た。
煙草をくわえた。
寒い。
上着を着ていないことに気付いた。

龍に電話をかけた。
龍の声が聞きたかった。
でも繋がらなかった。

母にメールした。

1人、寒さに震えながら、いろんな想いがよぎる。
霊的に死というものがどんなで、肉体を離れた以後のことやいろんなことを知っているのに、それでももうここに肉体をもって交流することはなくなるんだと想うと悲しい。
一緒に肉体をもって過ごすことはもうないんだ。
伯父はどんな気持ちで今いるんだろう。

伯母は今なら痛みを伴う肉体を離れたいと本当に想っているだろう。
癌と宣告されていただけに覚悟もしていただろう。

病室で伯母の手を握り、頭をなでながら過ごした少しの時間を振り返った。
年老いた手、顔もしわくちゃで、歯も抜け、いつの間にあんなにも年老いてしまったんだろう。
老化はエゴの強い世界では著しく肉体に反映される。
そして死を迎え、また転生する。
輪廻が常識になっている魂にとって、死はないというすでに最初からあった真実に本当の意味で到達するまで繰り返される。
人はどれだけの数の生死を繰り返し、真の真実に還っていくんだろう。

わたしもどこまでその真実が本当の意味で自分自身になっているんだろう。
自分たちのエゴを愛に変換させていくために創造された輪廻。
そしてその創造した輪廻に同意して、輪廻を味わう魂たち。
すべては自己創造で自己責任とはいえ、もうわたしはこんな死の繰り返しはたまらなく胸が痛む。
高次の目をもって天の目をもってみれば、これらも愛をもってある法則とは言え、地の目で間近に見るには痛すぎる。




夜、龍からメールが入った。
それに対するわたしのメールの様子がおかしかったらしく電話をかけてきてくれた。
「蓮。様子が変だぞ。」
「うん。なんかね。たとえいろんなことがわかっていても、それでも感情は溢れ、涙が止まらなかったよ。おばちゃんが何回も今までありがとうって言うんだ。蓮こそ、ありがとうなのに。」
「死は常に世界中で起こっているよ、蓮。遠い近いはあるだろうけどね。でもやっぱり身近なだけに、感じることは大きいと思うよ。」

確かに龍の言う通りだ。
そして遠い関係に対して、こうやって近い関係で起こる死を同じように人は感じれるもんだろうか。
本当に自分にとって近いからこそ、わかる感じる味わう想いがあるんだと思う。
もし同じように感じるなんて人がいたら、今の蓮にとってはそれはウソに感じる。

その日はなかなか寝付けなかった。
霊的にいろんなことを感じることがあって、死というものを踏まえて、自分のスピリチュアルにもっと深みを増したいと思った。

死は、ひとつの真実でもあり、今までもこれからも死を通過する人はたくさんいる。
霊的なものを拒否したがために、死んだら墓だと考え、墓でジィーとどうしたらいいものかとたたずんでいる霊体や、自分が死んだことも理解していない霊体さえ今までたくさん出くわしてきている。

肉体をもった人生を活きたものにするかどうかは各自の自己責任ではあるけど、自分に対しても含め、もっとスピリチュアル的に貢献したいと感じたし、病気についてもそうだ。
病気も各自が自分で創りだしたものではあるけど、肉体に具現化として現れるもっと以前の霊的な状態の段階で回避していけるよう、その手段でもあるエネルギーを扱うことなどをもっと多くの人に知って欲しいと感じた。
1人1人が、エネルギーを扱え、自己ヒーリングも他者ヒーリングも、それが日常の不思議でもなんでもない状態になればいいのに。

今からこの先、もっと霊的なことスピリチュアルなことは当たり前になってくるだろうし、それと共に愛も成熟していくんだろうと思う。
今ある人類が把握している霊的真実をとっくに超えた世界で生きる者たちが現にいるわけだから、この地上も人々の霊的、愛ある進化によって、霊的真実もどんどん進化していくんだろうと思う。

それでもわたしはわたしなりに伯母を通じて、さらに自分の霊的さに深みを増したいと痛感した。
人は死をもって人にいろんなメッセージを与えているんだと思う。
ニュースを通じての死かもしれないし、身近の死かもしれない。
どんな死であってもその死から得る自分なりに感じるメッセージを、わたしは活かしたいと改めて感じていた。




結局、父も東京に行くのはふさわしいと理解してくれた。
この夜、また久しぶりに天界の音楽がずっと流れ、わたしはそれを味わいながら過ごすことができた。
たいがい天界の音楽は、ヒーリングミュージックのようなゴスペルのような地的に表現するとそれに近いものなのに、今回は初めて南の島の音楽を連想させるような音楽に近かった。
でもこの日のわたしには、いつもの音楽のように神々しい神聖なものじゃなく、心を和ますようなそんな暖かい音楽がちょうど良かった。





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posted by dozen at 20:13| 09 Lotus Life | 更新情報をチェックする
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