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2006年02月05日

すべては自己選択

■2月2日:すべては自己選択■


今日は朝から家の扉関係のお直しに、さまざまな業者が訪れている。
各部屋に通じる扉を直すのに携わる人もいれば、クローゼットの扉の開閉を調整するのに携わる人もいる。
同じ扉という種類に触れる人でも、扉の用途によって携わる人も業者も違う。

扉かぁ・・・。
スピリチュアルの扉や、ハート扉・・・。
自己成長する中でも、いろんな扉ってあるよなぁ。
その扉ひとつひとつオープンするのにも、いろんな人の援助ってあるよねぇ・・・なんて、そんな光景を見ながらわたしはつくづく感じていた。

扉という種類ひとつにもこうなわけで、とすると家ひとつに、どれだけの職種の人が関わっているんだろうって。
家=内も同じだな・・・と感じていた。

家(=内)は、自分だけで出来上がるものではない。
持ち主・住人・管理・主は自分であっても、どう扱うかは自分であっても、その内が在るには、今までも今も自分に関わってくれているたくさんの人との交流を通して育まれてきている。

だから自己探求こそ、人との交流も欠かせないし、日常にある。
たまにはこの逆も活きるけど、常時この逆は危ないし、霊的古い真実だとわたしは感じているし、あくまで自己中心的な自己探求に感じてならない。

世の中にはさまざまないろんな家(=内)が存在し、いろんな材質や形やデザインや大きさがあり、
その家(=内)を選択したのも自分だし、
どういう住み方(=扱い方)をするのも自由選択だし、
どんな人(=エッセンス)を家(=内)に招くかも自分の選択だし、
修繕するのも改築するのも、引っ越すのも、どんな業者をやといどんな風に、また誰に援助(=自己探求の援助やライトワークのチョイスなど)を依頼するかもすべては自分の選択。
それらをどう活かすかも自分でしかない。

自分自ら設計した家(=内)に住む人もいれば、
専門の設計士に依頼した家(=内)に住む人もいるし、
両者は自分の創造をオリジナリティに具現として反映さすことが出来る。

出来上がった既成の家(=内)や、
量生産の同じ間取りの家や団地、マンションもある。
これらすべても自己選択。

親から与えられた部屋(=内)に住む人もいる。
その部屋に実際に住んでいるのは、承諾した結果=自己選択である。

外見や間取りだけでもこうやってさまざまな上、実際の部屋や家の様子もさまざまだ。

自己創造した間取りや、既成に不満を抱き続ける人もいれば、
創造や既成を上手に活かし、自分なりの心地よい空間創り(創造)をし住んでいる人もいる。

綺麗に住んでいる人、ホコリや汚れまみれに住んでいる人、
シンプルに住んでいる人、物だらけで住んでいる人、
整理整頓されている家(=内)もあれば、散らかり放題な家(=内)もある。

庭や内装など家の手入れがまめにされている家(=内)もあれば、全く手入れが放置されている家(=内)もある。
とても心地よいインテリアや家具セッティングされている家(=内)もあれば、やたら居心地悪い家(=内)もある。

家の大きさ小ささは、やはりバランスだなと感じるし、大きいからといってそれがイコール実際の心地いいに直結するわけではないし、小さいからといって心地悪いわけでもない。

そこに住む人の感覚や生活、文化や育った背景、その人の職業や個性によっても必要とする大きさは違う。
住む人に合わせて、ちょうどいいと感じられる大きさは違うのだ。

やたら大きな家に住んだはいいけど、家政婦を雇えるわけでもなく、また雇うのがもったいないという理由から、1日、掃除に追われている主婦たちがいるのも知っている。
どういう1日を過ごすかは住人の自由だし、それも自己選択。

家の換気が行き届いた家(=内)もあれば、ゴミ臭さや悪臭が感じられる家(=内)もある。

家(=内)っていろいろさまざまだなぁって感じるし、結局すべては自己選択で自己責任の上にすべては成り立っていると、つくづく感じた。

それにこれって、経済(お金)の在り方にもまた置き換えられるなぁとも思った。
家もそうであるようにお金も結局、自分を知らないと「ちょうどいい」がわからないから、分かるまでお金に関していっぱい学ぶ人生プロセスが用意されることになる。
その用意されるプロセスは何のために用意されているのか・・・。

結局それは、内を学ぶためでしかない。

家の話に戻ると、何よりそこに住む人の持つ空気・オーラ・エネルギーが反映されている。

そしてこれらを超えて、実際その家(=内)に住んでいて楽しいか、幸せか、満足を感じているか、リラックスできるか、気持ちいいか、その家(=内=自分)が好きかなどが結局、大切なわけで。
一緒に住む人(シェア・家族・伴侶)とも、そこで快適に過ごしているのか。
こういうことが、結局どんな家(=内)に住んでいようが一番大事なことだとわたしは思う。





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posted by dozen at 21:40| 10 Lotus Life | 更新情報をチェックする
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