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2006年03月20日

クリアウォーク(鞍馬&比叡山)

今回の依頼は、低次生命体関与解放、浄霊、ルーツカルマ解放だった。
毎回、依頼者や依頼内容によってクリアウォークの行き先や内容が変わる。
すべてはガイダンス、高次に導かれるまま歩く。

0319:2006
clear walk in kurama & Hiei-zan
photo : dozen/Ren
060318.ren.jpg
*依頼者承諾の元アップしています。

クリアウォークは散策ではない。
自然をハイキングがてらお散歩・・・なんてものじゃなく、依頼目的を果たすべく、そう自己探求すべく徹底的に内に自分にフォーカスし歩くという、まさに自己への探求に重きが置かれる。
すべては自分。
すべての答えは内だから。
内はすべてに通じている。

自然や大地のありのままのエネルギーをそのまま活かし、具現を通し、依頼者の内に投じていき、変換を起こしていく作業。
まさに内から、霊的レベルから作用を起こす。

なので、エネルギーや具現のリーディング、依頼者の内なる声に耳を澄まし行動を取るのが必然となってくる。

でもこれがまた!楽しくて、わたしは大好きなんだ。

散策ではないから、歩いているときは依頼者との私語は慎む。
内にフォーカスする邪魔はしないように。
必要な霊的なことがあれば口にする。

逆に休憩では、プライベートな話になって楽しい。
もちろん必要ならば、霊的な話になる。
そういうときは、ほとんどセッションに近くなる。
結局、辿り着く所、辿りつく所そのそれぞれでも、セッション、いやヒーリングになるといった方がふさわしいかもしれない。

依頼者も感じることすべてを、その感じるときどきに口にする。
龍、わたし、依頼者の霊的感じることを分かち合いながら、dozenは霊的道先案内人べくウォークを誘導していく。



究極を言えば、依頼者の内に起こっていく変化によって、道のりも変化していく。
内なるものの変化だけに、無意識の領域、目に見えてわからない変化も起これば、あからさまに顕在で感じられ、目に見えるはっきりとした変化で現れる場合もある。
依頼したものの、その依頼した内容への依頼者の甘さがあれば、それさえもウォークには反映される。
これらどの状態も、dozenは逃さず観ていく。

今回の依頼者の変化はすこぶる早かった。
彼女自身のそれは具現化。
予定されていた道のりにどんどん変化も現れ、結局、10分の4の行程で済んでしまった!!
これには、わたしたちdozenさえも驚いてしまった。
どれだけ彼女が真剣だったか、内にフォーカスしてきたかを如実に反映した!

わたし自身、今回のクリアウォークは憂鬱になるほど、かなり覚悟していた。
もう、どんなにしんどくても徹底的にエネルギーにふれ歩くっきゃない!と。
ところがふいうちをくらったかのようだった。
そして嬉しかった。
わたしはこの先にある、あるお堂に行きたくなかったからだ。

霊的に観てわたしは元々、経路に入れたくなかった。
が、龍は入れると言う。
それはある霊的目的とする場所に行くにはどうしても通過するしかないからだ。
dozenとしても意見が別れることもある。
その上で調和し、あとは依頼者がどう出るかをみるしかないときもある。
ゆえに、わたしは霊的注意を払う覚悟をしていた。
高次が導こうとも、すべては依頼者の内で決まる。
結果、彼女自身がそのどちらも引き寄せずに済んだのだ。
素晴らしい!

すこぶる寒さ、雪が舞い降る中のクリアウォークに、どんどん日がさしていく。
山中の帰り道の最後のきつい階段を登っていく最中、目も開けられないほどの太陽の光がさした。
まるで、いや、本当に祝福されたかのようだった。

97b.jpg
以前、役割で訪れた時に、わたしは高次に導かれ発見した。三位一体の大杉。
この木のエネルギーは各違い、統合のエネルギーの秘密のエッセンスがある。
それに触れる龍と依頼者。


このクリアウォークでは、数々の必然が起こり、依頼者は驚いていた。
偶然というものはないこと、この世界には必然しかないことが本当によくわかる、感じさせられた・・・と彼女は言っていた。
そして、すべては自分なんだ・・・ということも。

さらにある役割が自分にもあることを彼女は身をもって悟った。
そしてその役割を、彼女はこのクリアウォークで体験することになり、それを果たした。
きっと彼女にとっては、自分の身に起きたしんどさの方が辛かっただろう。
その辛さに対し、高次からメッセージが入り、メッセージ通り動くことによって見事に解放された。



この依頼で起きた詳しい依頼者のプライベートには触れないよう書いたのでここまでしか書けないが、わたしはとてもとても楽しい時間を過ごした。
クリアウォークの仕事が大好きなんだなって、改めて自分で思った。
体力的にもかなりハードな仕事なのにも関わらず、大好き。
自然に触れ、大地に触れ、溢れるエネルギーを身体ごと感じながら、霊的作業をすることが。



依頼者に質問された中で、とても大切な質問があった。
それは、
「なぜ同じように人が同じ場所に訪れても、生命体や幽玄、カルマを解放できないんですか?」
というもの。

訪れる場所のエネルギーの認識があるかどうか、同じ場所のどこにどんな霊的意味のエネルギーがあるかわかるかどうか、そのエネルギーをどのように用いればいいかわかるかどうか、また用いることができるかどうか、
また、それらサポートする側がいるならば、サポートする側自身の霊的内面や質も問われるし、必要な事柄をふさわしく霊的にサポートする霊性さも問われる。
どれだけ高次と繋がり、高次とともに霊的な対処ができるかも問われる。

今回のように、幽玄や生命体が関与している依頼なら、それに対処していく技術や霊的洞察力なども問われる。
幽玄に携わるライトワーカーもままいる中で、生命体関与を霊的に見分けたり、対処できるライトワーカーはどれほどいるというんだろう。
わたしは、dozen以外、1人しか知らない。
また関与から解放されたかどうかを確認できるライトワーカーもどれほどいるんだろう。

前にも日記で書いたが、ヒーラーなら誰でも同じ霊的質を持っているかなんてことはさまざま。
ライトワーカーも同じだし、例えば医者ならどこの誰でも同じ・・・なわけがない、それと同じだ。
自分が手術することになったなら、医者を選べるとしたなら・・・どう選ぶだろう?
誰でも同じ?、どこの病院でも?どの医者でも?同じ?・・・なわけがない。
人柄だって違う。

さらに、一番大切なこととして何を意図して、また目的として訪れているかや、その準備がはたしてその訪れている人にできているかどうかだ。

同じ場所に同じように訪れたとしても、同じことにはならないさまざまな要素が実にある。
同じ場所に同じように訪れて、同じ事柄が得られるなら、訪れた人みんなの日常生活はもっと変化しているはずだ。
もっと愛に溢れ繋がり、この社会にもその変化がありありと出ているはずだ。
わたしは深い意味で、そう感じている。












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posted by dozen at 18:33| 11 Lotus Life | 更新情報をチェックする
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