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2006年04月04日

今この瞬間に生きるようになったら…

初めてのアクセスが、またあった。
それはサナンダとビィーナス。

0402:2006
If I come to live now at this moment.
photo : dozen/Ren
Free sozai↓
101b.ren.jpg


12次元以上の存在になると必ず呼吸法とクンダリーニの昇華が必要とされる。
そして、宇宙的な危険性が関連しているためアクセスにはタイムリミットがある。
呼吸法も含め、この際に必要とされるエネルギー的な事柄すべてを高次たちが司り、わたしは身を委ね霊的にフォーカスしているだけ。
高次の誘導に従っていく。

顕在意識では、あいかわらず恐怖だ。笑
呼吸法もクンダリーニも遅くても10分以内でやりとげる形になる。
速ければ、ほんの数分の出来事。
けれどわたしにとっては、独特の呼吸法や体内においての独特のエネルギーの変化は、あいかわらず慣れることはなく正直、毎回ビビッっている。笑

顕在のわたしは、いつも龍に励まされ、その愛によって乗り越えているのが現状。
内なるわたしも、顕在のわたしを励まし、また、神聖な愛、根源と共に生き、愛に生きることをコミットしている自分を思い出させる。
それによって顕在のわたしは、愛とともに在ることにフォーカスを切り替え、つまり恐怖を愛に変換させ、すべてをゆだねる。



サナンダのアクセスでは、エネルギー的に非常に学んだことがある。
それは、根源のアクセスと非常に似たものがあり、根源もサナンダもハートチャクラがまるで共通のドアのようかに思える特徴あるエネルギーの変化が起こる。

サナンダに特に特徴的だったのは、中にいるわたしの状態が非常に瞑想的になったこと。
独特の瞑想の心地よさにいっきに包まれた状態かのようで、まるでその状態に抱かれている感覚になった。

アクセスが終わったあと龍がこういう感想をもらしていた。
龍もアクセスがあるたび、龍は龍でエネルギーの変化を感じており、そのエネルギーの質で誰が訪れようとしているか、彼はほとんど分かる。
その龍が、
「まるで俺まで瞑想状態に移行してしまうほどのエネルギーにビックリしたし、サナンダと話していると精神が内に内に、どんどん引き込まれていくんだ。ほんとに、すごい独特の状態だったよ。」

サナンダからのチャネル内容はこちら⇒サナンダのエネルギー



その後、テーブルの端に積まれていた「アトランティスの叡智」という本を見るよう促がされた。
この本もいまだ読んだことがなかった。
ペラペラめくっていくと、ふいに注意が向いた箇所があった。
それは、今、この瞬間に生きるようになったら・・・、という言葉。

ちょうどサナンダは、アクセスの最後の方で同じメッセージを伝えていただけに明らかにそれを読むよう促がされたことが分かった。
本には、こう書かれていた。



私たちがバランスを完全に取り戻し、完全なる可能性のビジョンの中、全存在が「今、この瞬間」に存在するようになったら、人間のエネルギーとしては最も純粋なエネルギーが流れ出します。

人が、他の人を喜ばせようとか思い通りに操ろうという輪の中に囚われなくなったとき、人のすべてのエネルギーの中で最も純粋なエネルギーを放射し始めます。
最も純粋なエネルギーとは、「無限の愛」です。

これはよく言われている「無条件の愛」とは違います。
神秘の世界の叡智では、この最も純粋なエネルギーは無限であり、どのような制限も定義づけもありません。

無条件の愛こそ人間のエネルギーとしての至高の表現だと信じている人は、真実を生きているとは言えません。
忘れないでください。
私たちは「始まりの瞬間」の表現であり、始まりの瞬間のイメージに創造されたのです。
したがって地上で人が真実だと信じていることは、天の真実よりも優先されるのです。

もしあなたが信じていることが、大いなる叡智と整合しているなら、あなたはがんばらなくても豊かさに満ちているでしょう。
もし矛盾したものであるなら、心身と魂に生じる葛藤が生み出すプレッシャーと、ちぐはぐさに気をとられてしまいます。

ニューエイジでは、とても人気のある「無条件の愛」は誤った呼称です。
どんな条件下でも愛を表現しようとする態度ですが、この愛は無限ではありません。
どちらかと言えば、「犠牲者の精神状態」の続きにあるものだと言えるでしょう。
自分が辛くなるどのような状態でも相手を愛するといった愛。

この犠牲者的精神は受け取るより与えるほうが良いという考え方に、よく似ています。
そして、この状況は調和を欠いている人間関係のほとんどに見られるのです。

歓び、そして愛は、1つ1つのすべての魂の目的です。
結合していようが肉体に宿っていようがいまいが。
想念の現実化は、魂が人間の肉体を持っている間にできる、最も高次元のクリエィティブな自己表現です。
歓びは3次元の枠を超えた最も高次元の魂の表現なのです。

肉体に宿っている間に、この現実化する創造性に到達するには「自分が正しくなければならないという必要性」を手放すことです。
これだけで、ハートのチャクラに主権を持った存在になるために必要な水平と垂直の天地のエネルギーが流れ込んできます。
私たちは歓びと愛を通して自分自身の運命の預言者になるのです。

この状態に達すると、わたしたちは始まりのビジョンの真の恋人になります。
毎日の瞬間、瞬間、わたしたちが始まりの瞬間をデモストレーションすることになるからです。
自らのもろさをかえりみない行為は、ハートのチャクラを開きます。

ハートが開いたとき、わたしたちの人格/エゴは人の愛を感じます。
人の愛は神聖な愛とは異なり、もろく、状況に左右されます

そしてほとんどの人は神聖なる愛と解放を知るための叡智が隠されているクロゼットなのです。
神聖なる愛は傷つくことはありません。
無限の愛は条件や制限を超えたところに存在するからです。

あなたが特定の状況下でさえも、ある人を愛さなければならないと意識するとしたら、それは愛していない、ということです。
単に非常に深い寛容を実践しているにすぎません。

寛容さは実に素晴らしい条件ですし少なくとも現在の世界では、とても必要とされています。
「無条件の愛」と同様、寛容さも差異を超えて、うまくやっていこうとする態度です。



勇気は寛容さと同様、「自分はどのような存在であり地上にいる真の目的とは何か」という叡智そのものとは、ほとんど関係ありません。
バランスの取れた人生を送るには勇気は必要ないのです。

必要なのはコミットすること、つまり決心です。
自分が肉体という衣服をまとっている間、自分の魂の可能なビジョンに、どれだけ自分を捧げるかです。

勇気は、その質と継続可能期間に限界があります。
勇気は状況や条件に左右されます。
コミットは無限で、どこまでも限界がありません。

叡智のビジョンの実現を決心すれば、すべてのバランスのピースがピタッとはまっていきます。

あなたが選んできた今世の目的を達成するのに人生の3分の1ほどきたあたりから毎日、毎瞬、勇気をふりしぼって取り組まなければならないとしたら、旅路の終わりには老けこみ、ガックリと疲れてしまうでしょう。

自分は誰なのか、なぜ地上にいるのか答えである叡智を実践していけば、隣りの次元に移行するまで人生は祝福と恩寵に包まれたものになるのです。

真の自己実現とは無限の歓びと愛をもって、ためらうことなく現実を物質化、現実化していくことです。
継続するビジョンを求め、今世の体験にバランスをもたらすために必要なものを現実化していくのです。



■今、この瞬間。
■無限の愛。
■歓び、愛は3次元の枠を超えた最も高次元の魂の表現。
■ハートチャクラを開く。
■神聖な愛。
■コミット。
■実践。

サナンダがチャネルで伝えてくれた、

全宇宙の愛がひとつに調和し、躍動するとき、宇宙に奇跡が起こります。
必然でもあり、皆が長く待っていたことでもあります。
すでにある愛を本当の意味で知るには、この一瞬一瞬の今を生きること。
この意味を本当に知れたとき、あなたの真実になったとき、本当の自由、創造、愛を体感して生き続けます

宇宙の法則をより知っていくことが非常に進歩の早道、体得してください。
キリストエネルギーには、それらの目を覚ましていく力があります。
わたしたちが常に愛で結ばれていること、本当の意味で自分のものにされてください。
わたしからの愛のメッセージです。

の、メッセージを、さらに詳しく伝えたかったポイントが、上の7つだったのだとわたしは実感した。









参考図書




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posted by dozen at 00:24| 12 Lotus Life | 更新情報をチェックする
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