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2006年04月06日

2006.04.06 11:41 クリシュナ

アセンションが経験あります。アセンションマスターです。
セラピスベイが言ってた、アセンションの手伝いをする一人です。
アセンション体験の数は多くないですが、役に立てると思います。

任務で地球に降りたこと あります。
霊的成熟の意図を持って、降りました。その経験があります。

金星を通り、降りました。
直接ダイレクトにここ地球に降りることができず、金星を通過しました。

私も志願して降りました。そういう意味で非常に役に立てると思います。

愛について、話しをたくさんしていきたいと思います。
私が残した体験と、話しは非常に愛にフォーカスさせたものが多いです。

わたしも愛は非常に学びました。
人として肉体を持ち生きるとき、その性質に引かれることも多いです。
その状態にいながら、愛を 神聖な愛を体現していくのは非常に勉強になります。
肉の持つ習性、傾向を完全に受け入れ、肉を神聖な目で見ることによって本当の意味で受け入れられていきます。
人の目で肉を見るのではなく、神聖なものとして。

本当の真理を受け入れたとき、非常に神聖さに向かう生活がしていけます。
わたしも学びました。
わかって降りていても、肉の、またこの大地での習性、本能がまずわかる体験して、わかることを再びここで学んで 神聖さにフォーカス、変換させていく体験は、非常にエキサイティングです。

人間のふりをやめることは今の話がキーポイントです。
この肉体も神聖、それをリアルに受け入れること、それが変換のきっかけです。
優劣の目を持つことではなく、神聖に満ちて存在することが。
その意識、その目が人間のふりをやめるというきっかけになります。
もちろんいきなりは難しいです。その目を養ってください。

あなたたちがこれから進む上で、アセンションにおいて、任務において、プライベートにおいて、様々な抱く感情が出てきます。
その時にわたしの体験を持ってサポートできればと思っています。
全く同じ任務でないにしろ、パターン、経験、気持ちもわかります。

真実を生きるというのは、その真実に対して事実だと疑問を持たない、疑問が湧かない。
真実もいわばそうです。疑問という言葉すら思いつかないです。
当たり前、事実、信頼もそう。

そこには恐怖がわきます。
例えば事実は、目の前で起こったことをその現場で初めから終わりまで見ていれば その人にとって 当たり前の事実ですね。
真実の場合も同じ。
言わんとすることが通じますが、ただ(真実の場合、物事の出来事と違って)全てを実際を目で見てるわけではないのです。
ゆえに恐怖が湧きます。
疑問湧きます。
確認したがる、何回でも確認してください。

真実を何回でも求め、確認することも必要であれば役に立ちます。
疑問を持っているのに、疑問が無いかのように誤魔化すことはできません。
それを超えて真実とは言えない。自分にうそをつくことになります。

自分が疑問を持ったなら、それを否定せず認めてしまわないと理屈で真実を押し付けても納得はしていません。
真実を先ほどの例えのようにすべての目で当たり前となるには、時に段階を要するときもあります。
なので自分を見て下さい。内観。

疑問をもし持っていれば、それを対処しないと より真実深まらないです。
言い聞かせても、それは自分への押し付けです。
それをすると、もっと簡単に真実の確認、真実の深まりがすぐに起こります。
自分に耳傾ける。
疑問の声を誤魔化さない。
すぐに見つけたら、すぐに対処する。

ゆえにぶれる時間を長く引きずらない。
どんな声も聞いてあげてください。
自分の声。
わたしももちろん経験しています。
それが何日もぶれるより一瞬、そういう経験もありますね。

やがて自分をより思い起こし、また人として生きる神聖さにフォーカスし、そういう様々な霊的成熟によって やがて肉を持っていても神聖さを持って本当に生きていけます。

真実はこうだからと言われたとしても、言われてまったくその通りですと言えるのは、一つはほんとに成熟しているか、一つは盲目かロボットか。
そこ 大きなポイントですね。自分の真実ではないですね。

ゆえに人に疑問の段階があってもおかしくないです。
それも霊的成熟の過程のひとつにあります。
事実そういうことがあること、真実もあること、このふたつに葛藤なくすぐに真実を自分のものにできるか、認めてしまうことです。

あと一つの大きなポイントは、委ねることです。
委ねる。
間違い、失敗、恥ずかしい、正しい、正しくない、これが委ねる時に引っかかるキーポイントです。
間違ってもいいです。恥ずかしいのもいいです。

委ねるにおいて、それらがあるプロセスは、あると認めて、ユーモアをもって自分を許し、人を許し、間違いを受け入れ、
そういう愛の寛容さを持っていると委ねる環境にいいです。
委ねる時、みんな似たようなことで引っかかります。
でも、そういうもんだと、そういうものがあると知ってしまえば、ユーモア持って寛容さ生まれ、委ねることの練習もできます。

闘うのではなく、抵抗するのではなく、諦めて受け入れてしまう。
受容すること、愛されること、受け入れることです。

愛されることに抵抗したり、闘ったりしたり、実は多いです。
自分を受け入れていないと愛されることも受け容れにくいです。
愛すること、与えることは、愛されることと同じぐらい重要です。

与える=愛するとして、与えてもらう=愛されるとしたとき、
優劣を用いると、人は与えるほうが優と考えます。
何かをしてもらう、与えてもらう、愛される、(それを)自分が劣ったと思う、そう感じる人が多いです。
自分が弱いと感じる人が多いです。でも違います。

この点は非常に、実は大きな課題です。
女神の話しとも関連します。これからのシフト後にも関連します。すべて関連しあってます。

愛されることと愛することは循環してます。
片や誰かを愛したとき、愛された側がストップをかければ循環しません。
これは全ての法則に通じていることです。

愛すものがいても、それが受け入れるものがいないのでは成り立たちません。
与えるものがいても、結局与えてもらうことも与えてもらう人がそれを認める、素直に、それを認める人がいなければ成り立ちません。
シンプルなことです。

こんなシンプルなことにみんな引っかかり、こんなシンプルなことが宇宙の法則に通じていること気づいていません。
与える、愛するだけでなく、与えられる、愛されることも非常に重要な学びです。

また愛について話していければと思います。
またお会いしましょう。



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posted by dozen at 17:27| ●アクセスメッセージ | 更新情報をチェックする
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