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2006年04月07日

自己責任・自己信頼の深さとそれがもたらす霊的影響

昨日の夜、わたしたちは厳しい教訓を得る、ある体験をした。

0407:2006
The spiritual influence that depth and it of a self-responsibility & self-dependency bring.
photo : dozen/Ren
Free sozai↓
108b.ren.jpg


その体験を記すことはできないが、そこから得た教訓を自分たちの肝に命ずるために記そうと思う。


・どんなとき(スキルも含めてあらゆる出来事を体験しているとき)でも、自分の内なる声に耳を傾けること。

その声は神聖なるいちばん大いなる自己=根源の声だから。
たとえそれが高次たち(自分以外の他者も含む)と交流していようと。
高次を神様のようには捉えてはいけないということ。

・依存について

常に自分の足でたっていることを厳しく経験させられた。
自分自身の確固たる聖なる意志をもつようにと。

・恐怖(あらゆるエゴ)が湧き上がるとき、恐怖を感じる、感じたときほど愛にフォーカスすること。

恐怖に気を留めたり、フォーカスすると引き寄せてしまうということ。
たとえどんなエゴを企んでいる生命体の存在が現実であろうと、自分たちがしっかり目をあけて常にフォーカスして見る映像は楽園であり愛に溢れる状態のものでなければならないということ。
たとえどんなエゴを企んでいる生命体たち、幽玄、悪魔などが現実であっても、その情報を知ったとしても、決して翻弄されたり気に留めすぎたり、フォーカスしずぎて逆に振り回されてはいけないということ。

必要以上にフォーカスすることによって、自ら振り回される現実を、この今に創造してしまうということ。
しかも無意識の領域から。
先に述べた楽園や愛以上に、実は気を留めてしまっている可能性に注意を払うこと。



わたしはこれらの教訓を恐怖とともに実体験した。
本当に怖い体験を振り返り、教訓を肝に命じ時間を過ごしたそのあと、ふいにわたしはこう感じた。

もっとリラックスして、いい意味で気を抜いて、この毎日を純粋に楽しみたい・・・と。
今に満足したい・・・と。
今に満足している自分がいること、それをちゃんと実感しながら先に進むということ。

チャネルが始まったことで、必要以上にチャネルにフォーカスし、必要以上に未来にフォーカスし、必要以上に危機を感じ、とにかくそれらに気づかぬうちに無意識の領域からまでも振り回されてしまっていることに気づいた。
また高次たちや未来に必要以上に期待し必要以上に頼りすぎていることにも気づいた。
なんとかしてくれるだろうという他力本願に結局はなってしまっていると。

しっかりと自分で自分の足でたつことを厳しく体験させられた。
チャネルに必要以上にフォーカスしすぎ、すべての範囲でバランスを欠いていると感じた。
チャネルや高次たちとの交流・交友を、もっと楽しみ活かすためにも、見るべし視点は常に愛溢れる状態であること。
そうして、このチャネルある毎日を楽しむことだと感じた。

いかに自己責任、自己信頼を問われたかを体験した。
この点の深さ、及ぼす範囲の強さを甘くみると、霊的にどんな事柄を引き起こしてしまうか・・・を強烈な恐怖として、わたしたちは体験した。

わたしは自己信頼の上でゆだねる・・・という教訓を得た。
人の愛より、神聖な愛を優先させること。
たとえ龍が愛をもって指示しようと、自分の内なる(根源の)声を必ず優先させること。
どんな状況においても最後の決断は自分であるという、そこには自己責任と自己信頼が問われるということ。

他者は、なにもかもすべてあらゆる範囲において、まったく完全なうりふたつの自分自身ではないこと。
この点で、他者に自分の自己責任、自己信頼を明け渡してしまうのは、真に本当に危険であるということ。
つまりこれは、他力本願。
この究極な意味、究極な意味の深さを、わたしは大きな霊的危機・危険をもって今回、体験した。

龍は、自分の霊的感覚は、あくまで自分にとっての感覚にすぎないことであり、その感覚を他者に押し付け指示し、コントロールしてはいけない・・・という教訓を得た。
それが霊的には、どんな危険さえ生み出してしまうかを体験した。
必ず、他者の霊的感覚を尊重する・・・この重要性、そして尊重した上で、自分があくまでサポートであり援助側であるという認識を、しっかり持つこと・・・という警告を得た。



昨夜の体験は、自分たちの足、自分の足で立つことを欠く、他力本願を手放すこと。
しっかりと自分で己での探求&創造スタンスを常に確立していること。
そうした上で、高次たちと共に調和し、地球創造・宇宙創造を楽しんでいくことの厳しい教訓を得た。
また、真のコミットには、このような深さも含まれていることを実感した。

これら教訓を得る前、この日の午前に、わたしたちはコースからこう言われていた。
「あなたたち自身も、この蓮の日記(最後の部分)の⇒チャネルを掘り下げる チャネルに関するメッセージを読んでください。」と。

この今日の日記を書いていて、いかに一連の最近のチャネル内容が、これらメッセージに関連しあい相互関係であり、一貫性があることかを思い知らされた。
サナンダのメッセージもそう、クリシュナのメッセージもそう、高次たちのすべてのメッセージが互いに相互し関連し合い、一貫性のメッセージを伝えてきている。
いくつもの一貫性と調和があることも。



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posted by dozen at 11:49| 13 Lotus Life | 更新情報をチェックする
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