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2006年04月30日

A Course in Miracles

ある朝、龍は我が家にやってきたとたん、
「蓮!!すっごいもの発見したぞ!」
と、おたけびをあげた。
「なに?」

0429:2006
A Course in Miracles
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「昨日さ、ドリーンバーチュ−の天使の数字を見てたのさ。そしたら見つけたんだ!2と4のコンビネーションで!!」

「で、何を!?」
「コースさ!」
「はぁ?・・・コースって?」
「いつもアクセスしてくるコースだよ!」
「は!?なんでコースがそこにいんの?さっぱり話が見えないんだけど。」

「2と4のコンビネーションところに、『A Course in Miracles』ってあんだよ。スペルもまったくコースと同じでさ。あれって、間違いなくコースのことだよ。直感で、そう感じたね。」
「『A Course in Miracles』って?日本語に直すと何て言うの?」
「奇跡のコース・・・ってなるね。」

「あ!なんか聞いたことある。奇跡の学習コースって言われてるアメリカのやつじゃない?ジャンポルスキーの本に感動して、確かそこに書いてあった。何やらチャネルか何かでメッセージ受け取った内容がそれらしくて、ジャンポルスキーも学んだんだって。だけどそれって、ほんとなのぉ?あのコースが、いつものコース?・・・なんか信じらんないなぁ。」

「だったら次、コースが来たとき絶対聞いてみるもんね。ほんと絶対、間違いないよ。なぜかめちゃ確信してるんだよね、俺。」
「蓮は、まったく信じられない。笑」



数日後、コースが来たときうまい具合に聞けるチャンスがあり、すかさず龍は、
「コース!聞きたいことがあるんだけど!」
と、尋ねた。
「コースって、もしかしてあの『A Course in Miracles』のコース?」

わたしは中で、いったいコースは何て答えるんだろうとドキドキしていた。
すると、
「ワォ!よく見つけましたね!」
と、笑っていた。
でもわたしはまだ、内心、ウッソだぁ・・・と思っていた。笑

つい先日、アメリカの講演についてセスから話があったとき、次に現れたコースがそのことについて少し掘り下げた。
その際、少しこの『A Course in Miracles』について彼は語っていた。
「『A Course in Miracles』は、心理学的なアプローチから始まります。誰でも耳や心を傾けやすくするためでもあり、その先の質の深さへと入っていくためのアプローチでもあるからです。しかしその本質には、実に深い霊的メッセージを伝えているのです。」と。

残念ながら日本語訳には、まだなっていない。
とっても残念だ。



そしておととい、マトリックスの記事を探すのに、テーブルに数冊の雑誌を投げ出したままだった。

「蓮、今日はどんな日記、書いてんの?」
と、散らかった雑誌を、龍はパラパラやりだしていた。
すると、PCに向かっているわたしの肩を龍がトントン。
そして、目に入るように開かれた雑誌をわたしに差し出した。

ふと視線を向けると、なんとそこには『A Course in Miracles』の本の写真だった。
すぐさまその記事に飛びつき、食い入るように読み始めた。

以下がその内容で、この内容は「プレアデス+かく語りき」「プレアデス+地球をひらく鍵」「ウエークアップ・コール」「ET地球大作戦」「愛への帰還」「ゆるすということ」など、数々のスピリチュアルな本の翻訳を手掛ける、大内博さんが語っている。



■『奇跡についてのコースとは?』■

この『コース』は、コロンビア大学医学部の教授を通じて、キリスト意識からもたらされたメッセージです。
私たちが愛を体験することを妨げている障害物を取り除く、というのが『コース』の目的ですが、基本的には自分で学ぶ本です。
スピリチュアルな自習書といっても良いでしょう。

この本によってインスピレーションを受けた数多くの人々が、世界中で活躍しています。
つい最近、来日された「ゆるすということ」の著者、ジェラルド・ジャンポルスキー氏もその1人です。
「奇跡についてのコース」の聖なる関係という観点から、男と女の関係を見事に論じている「聖なる愛をもとめて」の著者、ジョーン・ガトゥーソもその1人。
日本語版の翻訳準備中です。数年先の完成予定とのことです。

・・・・・

『奇跡についてのコース』が与えてくれる、ゆるしの定義は「見過ごすこと」です。
英語でいうとOverlookです。
「見過ごす」は、文字通りの訳で、何を見過ごすかと言うと“過ち”を見過ごすのです。
過ちの向こうを見るのです。

過ちを見つめてしまったとき、私たちはすでに、ゆるせないパターンにはまっていると『コース』は言います。

過ちの向こうにある、何を見るのでしょうか。
その人の本来の姿を見るのです。
あなたと同じ神の子である、あなたの兄弟を「過ちを犯した」とあなたが思っている人の中に見ることだと『コース』は言います。
「見過ごす」と同時に、すべてを聖霊にゆだねることだと、『コース』は語ります。
「“ゆるす”のは、実は私たちの仕事ではない。私たち人間の守備範囲ではない。聖霊の仕事である」
と、言います。

でも、聖霊って何だろう?と、思われるかもしれません。
『コース』の中にはHoly Spiritという言葉が何度も登場します。
神と人間の仲立ちをしてくれる存在であると、私は解釈しています。

エゴにもゆるしの計画があります。
それは、“過ち”をまず明確にして、それからゆるすという計画です。

これを聞いて思い当たることはないでしょうか。
そう、私たちが「ゆるしたいけど・・・」と言い出した時点で、過ちは非常に明確になっていますね。
私たちの知覚の中で、考えの中で明確になっているという意味ですが。
と言うことは、これはエゴのゆるしの計画なのです。
この計画は、うまくいくでしょうか。

「エゴの計画は、無論、意味をなさず、成功することはない」
と、『コース』もはっきりと述べています。
これは多くの人たちが、体験的に感じていることであろうと思います。

簡単にまとめると、“ゆるす”とは見過ごすことであり、聖霊にゆだねることである・・・ということになります。

こういうことがありました。
私には、3年程前から文通をしている人がいます。
私が出した本を読んで、手紙をくださったのが文通のきっかけでした。
この人は、獄中の身です。
ある人にだまされて、詐欺罪のかどで有罪の判決を受け、控訴をしている段階で手紙をくださったのでした。

これまで20通ほどの手紙をいただいておりますが、最初の頃は、自分をだました主犯の人を責める言葉を書き連ねていました。
そうこうするうちに、『ゆるすということ』を読んでくださって、ゆるしの大切さを理解されました。
しかし、自分をこういう罪に陥れた人をどうすればゆるせるのか、それは難しいと言っておりました。
それからしばらくして、私は『生命の祈り』をプレゼントしました。
するとこの人は、毎日3回、忠実に読んだのだそうです。

それから3ヶ月ほどしていただいた手紙の中に、「奇跡が起きました」という言葉がありました。
普通、法律的な常識では考えられないようなことが、3つも起きたというのです。
弁護士の先生も驚いているし、加えて、実はこの主犯の人と文通をしていると書いてありました。
この祈りを唱えるようになってから、不思議なことにこの人も幸せになってくれたらよいなと思うようになって、自然に文通が始まったというのです。
さらに、この主犯の人が罪を認め、4000万円を弁済すると言い始めたとも書いてありました。

この方の体験の軌跡をたどると、まさに『コース』の教えを実践していることに気付きます。
最初は、“過ち”を見つめていました。
主犯の人を恨み、責めていました。
これは、エゴが支配していた時代です。

それから、『生命の祈り』を始めました。
彼は、「聖霊にゆだねる」という言葉では考えていなかったと思いますが、『コース』の解説に従えばそういうことを行なっていたのです。
そして、癒しを体験されました。
まさに奇跡です。
奇跡とは、憎しみが愛に変わることですが、この方はまさに奇跡を体験されたのです。
この場合、法律的な奇跡よりも、知覚のシフトが本物の奇跡といえるでしょう。

「ゆるすとは見過ごすことである」とは、果てしなく含蓄が深い言葉ですが、私なりの理解をシェアさせていただきました。

・・・・・



さすがにこれを読んで、わたしはようやく、これっていつもの『コース』だぁと感じた。
そう感じたのは、まさにコースの人柄?スピリット柄?を現しているからだ。
すでにわたしたちは、特に龍なんかは、コースのこういう人柄に幾度も触れてきている。

こうやって文章に触れて、そしてジャンポルスキーのわたしのお気に入り本「やすらぎ療法」を思い出し、まさにコースの人柄が反映されていることに気付いた。

わたしは高次たちに触れてきて、つくづく感じていることがある。
それはどの高次も個性豊かであり、人柄?スピリット柄?も、あるということだ。
わたしの顔、口、つまり表情、声のトーン、話し方、でさえ、それらは反映されている。

高次=イコール、神のような神々しい、また完璧であり・・・、と勝手に理想を掲げているのでは、こちら人間側であって、彼ら高次たちも実にユニークであり、彼らも常に進化過程にいることを忘れないほうがいい。
こうやって触れてみたからこそ分かるが、多くの人があまりにもあまりにも、はるかあまりにも強烈な特別視を抱いているのかもしれない。

私たちは霊的大いなる視点からすれば、確かに完璧の中にいる。
が、一人間としては完璧ではないように、彼らも完璧ではない。
高次たちにも、わたしたちのようにドラマもあるのだ。
信じられないかもしれないが、本当にドラマはある。

崇高な内容ばかりを読んでいると、その点を見落としてしまいかねないことに注意したい。
例えばこの地球のはるか歴史にあったレムリアやアトランティス、エジプトなどにも高次たちは関与しており、その関与にあった背景の、高次たちが存在する宇宙や霊的世界においても高次たち側の、しっかりドラマがあったことを忘れてはいけない。

つまり、崇高な叡智があるとともに、私たちのようにもまた、わたしたちかのような感情を抱くドラマをもつ高次たちの側面があるということを見落としてはならない。
そうわたしは実感している。









参考雑誌Vol.2(一番左)




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posted by dozen at 22:23| 13 Lotus Life | 更新情報をチェックする
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