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2006年03月04日

×××HoLicの日

漫画はほとんど読んだことがなかった。
テレビもめったに見ないことでも珍しいと珍重されているけど、漫画を見ないことでも珍重されている
。笑

0217:2006
XXX HOLiC 真夏ノ夜ノ夢
ホリック.jpg


ところが去年の秋、夢月の映画に付き合うことになった。
そのときアニメを2本やっていて、映画館の前でどっちにしようか夢月が悩む。


わたしにとってはどちらもまったく知らないが、絵のセンスや好みぐらいはわたしにもある。
夢月が悩む横で、こっちがいい〜こっちがいい〜・・・と内心唱えていたら(笑)、
「こっちにする!」
と、唱えていた方を夢月は選択した。
「いいじゃん!そうしよう!」
急にウキウキ。

アニメな映画だけにCMもアニメが多かった。
その中でガンダムというアニメが素晴らしい霊的エッセンスを語っていた。
そして龍と夢月と3人で見たホリックに,,、ダントツはまることになった蓮なのだった。笑
漫画って、バカにならない。
素晴らしい霊的エッセンスが溢れていることに、ひたすら感動した。

ホリックは有名らしい。
ってことは、「お家に帰って鷹に持ってるか聞いてみようっと。」ワクワクで帰った。
案の定、持っていた。
しかも鷹は全巻揃えていた!
なんていい子なんだぁ!笑

一晩で読みきってしまった。
ホリックは幽玄界がメインに扱われているが、そこに登場する侑子さんが深い霊的なエッセンスを語る。
1巻1巻の中にあるテーマの設け方がするどく、しかも霊的に素晴らしい言葉が必ずひとつやふたつ出てくる。
その深さにしびれて、漫画を描いている人に興味が湧く。

今日はそのホリックの新刊の日。
龍はちょうど元会社の設計のバイトに行っている。
思わず「買ってきて〜」メールをする。

今回のもまた深い言葉があった。
主人公のワタヌキが、あることで右目をなくした。
ワタヌキを慕っている座敷わらしの女の子が取り戻しに出かけ、つかまってとても危険な状態。
それを知ったワタヌキが乗り込む。
そこで待ち受けていた蜘蛛を統べるもの、女郎蜘蛛が霊的に深い、するどいことを言っていた。

w 「座敷わらしを返してください。」
J 「右目を返して・・・じゃないのね。」

W 「あれは恨みをかった俺のせいです。だから、右目は好きにすればいい。座敷わらしを返してください。」
J 「でもね。座敷わらしもこの世界じゃ貴重品なのよね。座敷わらしの心の臓を食べると寿命が100年延びるっていうわ。」
W 「俺の右目に価値があるんなら他の所は!?」
J 「もちろん両目が揃えばもっとすごいわね。」
W 「じゃあ、左目も渡します。だから座敷わらしを返してください。片目だけじゃ足りないなら他も・・・」

・・・と言いかけたワタヌキに、女郎蜘蛛は
「そういうのわたし嫌い。」
と言う。

一見、ワタヌキの姿勢は素晴らしいことのように思う。
相手のためなら自分を犠牲にしてまで・・・という姿勢。
とても愛があるように思う。
実際にもある。
でもこの愛には隠れた要素がある。
カモフラージュされている要素がある。

相手に対する愛と、そこには自分を犠牲にすることで優越感的愛にひたろうとする自己中心的な愛が含まれている。
犠牲者的愛。
表向きは素晴らしい他者愛に一見映るけど、実は自己中心的な自己愛にひたっている。
そういう自己愛に、うぬぼれ陶酔し酔っている。

「嫌い」と言った女郎蜘蛛が続けて言う。

J 「投げ出しちゃうのね、自分を。そんな簡単に投げ出せるモノが大切なモノと交換できると思う?座敷わらしがこんなにまで貴方の目を取り返そうとしているのに、貴方はそれを平気で捨てる。つまり、この子は貴方が塵ゴミみたいに扱うモノを守ろうとする愚かモノだと思っているのね。」

W 「違う!」
J 「違わないの。 他にもいるでしょう?貴方を大切に思っているモノ。それを解からず、自分を大切にしない。 他者が傷つくのは厭う(いとう)のに、自分は傷つける。傷ついた貴方をみて貴方を大切に思うモノがどう傷つくかも解からない。 わたしそういうのって、嫌い。」


深い!深すぎる!

真の他者愛。
真の自己愛。

他者愛と自己愛は、真にはイコール。
他者愛=自己愛。

自己犠牲が、真の意味で他者愛とイコールなんだろうか。
犠牲には、とても巧みなエゴの状態が必ず隠されている。

真の他者愛は、自己愛が成熟しているからこそ、他者愛に反映し、具現もする。

言動・・・というものには、目に映る、耳に聞こえる以上のものが、その背後にはある。
見える限り、とても美しいと感じさす行為がある。
しかし、その背後にある真の動機ひとつで、美しいと見える行為が霊的には意味が違ってしまう。

真の愛かエゴかだ。
このエゴには、一見、愛に映る、そう感じさすものもある。
しかし、本当は真の愛ではない。

ワタヌキの行為は、真の動機ひとつで、本当に真の愛にもなれば、愛とみせかけたエゴにもなる。
ずいぶん昔のわたしなら、愛の中のエゴにすら気付かなかったかもしれない。


ここでは、とても質の深い高度な愛について語られていた。









参考図書(左)はVol.8
 




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posted by dozen at 17:50| 11 Lotus Life | 更新情報をチェックする
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