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2006年05月09日

アセンション(進化)と密接に関係があるハイアーセルフ

わたしにとってのアセンション
わたしはこの自分の日記の、
〔わたしが体験しているアセンションは、スピリット自身である霊的な自分そのもの(ハイアーセルフ、大いなる自己)と、顕在意識を自覚している今ここにいるこの自分自身との統合・融合だ。〕
という文章を打ちながら、ふとクエッションになっていた。

0509:2006
High dimension self which is connected with Ascension (evolution) closely.
photo : dozen/Ren
Free sozai↓
160b.ren.jpg


スピリットは、ハイアーセルフなんだろうか?大いなる自己なんだろうか?
とにかく霊的な自分には違いない、それは確かだ。

でも厳密にはそれをなんて表現するんだろう?
スピリットにも段階というかレベルがあるような気がしてならない。
すると一口でスピリットと言いつつも疑問が湧いてくる。

わたしは自分のスピリットであるコーネリアンとゆっくり融合していっているが、今わたしが感じているコーネリアンは、すべてを顕しているとは思えない。
もっともっと今現時点で知っているコーネリアンより、さらに深いコーネリアンが存在しているような気がする。
コーネリアンを例えば10とするなら、今わたしはその何分の、何百分の、何千分の1の融合かもしれない。

わたしはスピリットを全霊的自己と据えているが、根源に至るほどの状態はさて何て呼ぶんだろう?
最高次のスピリット?いや、内なる根源・・・、がやっぱり自分的にはしっくりくるかな。
まったく霊的用語って、何て難しいんだろう。
ひとつの用語に対しても、本などを見ていると微妙に、あるいは大きく意味が違っていたり、何かの事柄を指すのにまったく違う用語でそれを指していたりする場合もある。

まったく大の苦手だ。
アバウトなわたしには大嫌いな分野だ。
言葉にこだわりすぎるのも嫌いだし、大事なのは何を言わんとしているか・・・そのことに尽きるとわたしは思う。
それでも霊的用語は、そのうち自分なりにしっくり馴染んでくるんだろうと思うしかない。

そんなことを感じていたら、また巡り遭った。
テーブルに散らかっていた本を1冊手にとりパラパラやったら、あった。
ハイアーセルフというタイトルが。
日記にしながら学んでみようと思った。

以下抜粋。



ハイアーセルフ(高次元の自己)とは、肉体を超えて4次元から9次元にまで存在する、私たち個人の意識のスピリットという側面です。

9次元を超えると、私たちの個別化された意識はもはや識別できなくなります。
ハイアーセルフは、それぞれの次元ごとに違ったレベルの意識と機能と形態を有しています。
私たちが通常ハイアーセルフと呼んでいるものは、6次元と7次元にいて肉体をもっていないにも関わらず、人間のような形を維持している私たち自身の一部なのです。

あなたがそれを願い、そのための準備さえ整えば、いつでもハイアーセルフと意識的に繋がることができます。
ハイアーセルフと直接繋がるためには、あなたが霊的に進化することを求め、あなた自身が肉体を超えた価値ある魂とスピリットだということを理解しなければなりません。
さもなければ肉体の中の意識は、エゴと人格の部分が、あなたという自己の全体だと思い込んでしまうでしょう。

霊性に目覚め始めた人なら、自分と対をなす「聖なる写し」の存在に気付いたことがあるかもしれません。
また瞑想やさまざまな訓練や、夢、啓示などを通して、自分の身体に宿る神聖さと出会った経験があるかもしれません。
そういったときこそ、ガイドや高次元マスター、天使、あなた自身のハイアーセルフに対して、自然に内側の「神聖な自己」または「真の自己」と出会うための援助を求めるようになります。

それら存在の助けを得ると、カルマの問題や観念や判断をはじめ、さまざまな感情や自分の内側の神聖さと繋がる道をふさいでいるものが表面に現れてくるでしょう。
それによってあなたの「霊的な気づき」という浄化と癒しの探求が活性化されはじめるのです。

神と繋がることを妨げる唯一のものが、自分のエゴと人格が共同でつくりだしたものだったと理解したとき、それまでよりも意識的かつ調和的に、「自分の現実をつくりあげているのは自分自身だ」という責任をとる準備ができます。

高次の愛や霊的完全性とはどんなものかを知り、「神・女神・すべてなるもの」と繋がって制限された濃いエネルギーの解放を加速させるためには、まずあなたの身体に内在するハイアーセルフと繋がることがいちばんの早道なのです。

なかにはハイアーセルフを、自分の身体とは別の光の存在として体験した人もいるかもしれません。
それは肉体と精神の二元性に基づいた霊性と、高次の意識と知性を体験するには、非物理的でなければならないという思いから生じたものです。

あなたが人間としての自分をもっぱら「ロウア-セルフ」(低次元の自己)として見るならば、またそれゆえに物理的な現実を「より低い」世界と見なすならば、あなたの霊的な成長や生の喜びは大きく妨げられてしまいます。
あなたの人間としての自己とは、あなたが意図し、信じたものにほかならないからです。

幸運にもあなたが何事にも、自分自身で熟考するよう支え、励ましてくれるような愛情深い両親や友人に恵まれて、あなた自身が「神・女神・すべてなるもの」の聖なる一部であり、肉体に住んでいる聖なるスピリットだと知っているなら、人間としての自己を制限された「低次元の自己」とみなす必要などまったくないでしょう。

身体の意識こそ自己のすべてだと思い込んでしまうのは、生まれてこのかたずっと「神聖な自己」に気づくことを奨励もされず、認められもしない社会に住んできたからです。
ゆえに人間としての自己を肉体だけの不純な存在とみなし、代わりに霊性を全知全能の神に預けて、自分はその慈悲にすがるしかない非力な存在さと思い込むのです。

「ロウア−セルフ」とは、ただ生き延びるためにだけ、そして可能な限り苦痛を避けるためにだけ生きています。
それは自分が人間だという事実を潜在的にとても深く恥じていて、それゆえ「低い」意識の形態をとっているのです。

教義的な宗教は複雑で巧妙なやり方で人々を操ります。
人間を神に隷属しなければならない、より劣った罪深い存在とみなし、誰もが教会の権威のもとでしか救済されることはないと信じ込ませます。
多くの場合、それらの宗教的な教義は、肉体をもった存在としてのあなたがすべてだと思い込ませようとする社会的規範と結びついています。

この「存在という恥」症候群は、宗教的かつ社会的に広く教え込まれて地球全体に蔓延しています。
私たちは生きるために何か食べなければならないことを恥じ、自らの体臭を恥じ、何かに値しない自分を恥じ、自己嫌悪する自分をますます恥ずかしく思い、ただ肉体をもった存在であるというだけで自分を恥じるのです。

なかでもセックスや恋人を欲することに対する恥ずかしさは、重症の「存在という恥」症候群です。
それを克服するためには、羞恥心にともなう「分離感への恐怖」に取り組まなくてはなりません。

今でもはっきり記憶していますが、私が子供の頃よく母親は「あの人は恥というものを知らないのかしら」とか、「あなたは恥ずかしくないの?」と言いながら、羞恥心というものがあたかも美徳であって善人か悪人かを判別する基準であるかのように話していたものです。

そこで羞恥心がないと判断された人々は、母にとっては常に「悪人」であり、避けるべき人でした。
私は人々がお互いに批判的で差別的な見方で裁きあうのを目撃するたび、いつも暗い気持ちに襲われましたが、悲しいことに自分の母親が美徳の名のもとに彼女自身の羞恥心に絶望的なまでに囚われていたのです。

現代文明には2つの大きな欠落部分があります。
その2つの不在のために、こうした判断と分離感があらわれているのです。
そのひとつは、人間は生まれ落ちた瞬間から神または女神の子供として、愛や充足や喜びに値する存在なので、それを無理に勝ちとる必要はないと知ることであり、ふたつめは、自分が光と愛で創られたスピリットで、進化するためにここに来たのだと気づくことです。

あなたに備わる本来の価値や使命に関するこの2つの霊的な知識を内側で深く感じて理解するとき、大いなる変化と成長がすぐに起こるでしょう。
ハイアーセルフの意識を肉体の外側に締め出すことをやめて、そのエネルギーと意識をあなたの肉体に取り込めば、あなたの人間としての自己の価値と、聖なるものとの絆を深く確信することができます。
それはあなたが分離感という思い込みを手放す大きな1歩になるでしょう。

次にそうした思い込みの例をあげてみましょう。

@ 私は救いと慈悲を求める前に、自分が犯した“悪業”のために罰せられて苦しまなければならない。

A 私には神の愛が感じられないから、私はどこか間違っているにちがいない。

B 食べ物や家を欲しがるなど恥ずべきことだ。
それらはみな地球や両親や外国の人々や、その他から奪ったものなのだから。

C まわりの人を幸せにできないのは、私の愛が足りないからだ。

D セックスを求めたり性的な感情をもつことはスピリチュアルじゃない。

E 孤独を怖れる私は、精神的に貧しい価値のない存在である。

F 母に痛みを与えたので、私が生まれたのはいけないことだし恥ずべきことだ。

G 私がしたいとか手に入れたいとか思うものは絶対、欲してはならない。

H 肉体をもっているということは、私が「より劣った」「堕落した」存在であることの証拠である。

I 私が女(あるいは男)に生まれてしまったために両親を失望させた。
決してその埋め合わせをすることはできない。

以上はほんの一部の例に過ぎませんが、あなたが自分の「存在という恥」を認識して浄化するための参考になればと思います。
それでは、実際にあなたの身体の中のハイアーセルフと意識的に繋がるための方法を述べましょう。



…と、あった。
ハイアーセルフにも段階があり、ハイアーセルフと繋がることが自分の進化、アセンションにも密接に関係があることが、この文章からも分かる。
わたし自身、コーネリアンと出遭い、それはアセンション過程でもあることがよく理解できる。

この文章の前半で、とても大切なことが述べられていた。
『ハイアーセルフと直接繋がるためには、あなたが霊的に進化することを求め、あなた自身が肉体を超えた価値ある魂とスピリットだということを理解しなければなりません。』

まるでコミットだ!…と思った。
ともに龍のついこの間のコミットを思い出した。
「俺は、コーディエス。俺は、コーディエス。俺は、コーディエス。」
龍はまるで呪文を唱えるかのように繰り返し、呟いていた。
これには龍なりの深いコミットがある。

そして他にも大切な文があった。
『神と繋がることを妨げる唯一のものが、自分のエゴと人格が共同で創りだしたもの。』
『自分の現実を創りあげているのは、自分自身だ…という責任をとる』ということ。

さらに『判断』と『分離感』に密接な影響を与えている『恥』についての解放。

また、『2つの不在について』。
1】人間は生まれ落ちた瞬間から神または女神の子供として、愛や充足や喜びに値する存在であり、それを無理に勝ちとる必要はないと知ること。
2】自分が光と愛で創られたスピリットで、進化するためにここに来たのだと気づくこと。

『自分に備わる本来の価値や使命に関する「この2つ」の霊的な知識を内側で深く感じて理解するとき、大いなる変化と成長がすぐに起こる』ということ。
これは、分離感という思い込みを手放す大きな1歩になる…とある。

自分に備わる本来の価値や使命…。
だから高次たちは、相手の顕在意識がどうであろうとその人のスピリットの真実をストレートに話すんだ。
理解するしない以前に、まず、真実を述べることで高次たちはその本人の真実に直接、触れさすことをする。

この文章の章のラストに、わたしに起きていることの裏づけやエッセンスが書かれていた。



あなたが覚醒やアセンションに近づくにつれて、ハイアーセルフの一部の部分が少しづつあなたの身体に融合されていき、最終的にはすべてが永久に溶け合ったままで体内に宿ります。

それぞれの段階において、あなたが見るハイアーセルフの形態は変化していきます。
なぜならあなたは、意識と肉体に融合されたハイアーセルフをさらに超えて、もっと高次元のハイアーセルフと繋がろうとするからです。

そしてついにはハイアーセルフを光の球体や星あるいは光の渦などの、もはや人間的ではない形態として体験するでしょう。
それはあなた自身の高次元に到達したということです。









参考図書




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posted by dozen at 18:10| 14 Lotus Life | 更新情報をチェックする
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