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2006年05月26日

真のやさしさ

今日の京都は雨。
暖かい季節の雨が大好きだ。
しっとりしっとり。。。しとしと、しとしと。。。

0526:2006
True gentleness.
photo : dozen/Ren
Free sozai↓
227b.ren.jpg


そんな穏やかな空気とうって変わって、わたしたちの今日は非常に忙しい。
昨日の高次たちからのアクセスが、かなり質の濃いものだったので、アップできるように慌てているからだ。

その中には亡くなった人から生きている人へのメッセージもあった。
新たな宿題も2、3ある。
その内の1つは、サナンダじきじきのアクセスで出された宿題だった。

そんな朝からの忙しさをぬって、お昼を買いにさっき龍と買い物に出かけた。

レジに向かう龍のあとを着いて通りすぎた本のラックに目がいった。
「やさしい人」というタイトルで著者は、加藤諦三さん。

この人にはお世話になった。他にもいっぱい。
もちろん、読者として。笑
心理学をたくさん学んだ。スピリチュアルの世界に入る前や入り始めた頃は特に。
アダルトチルドレンを知ったときには、自分が救われたかのような想いで、むさぼるように読んだ。
ADD(注意欠陥障害)もそのひとつだ。
自分がわかるものに巡りあったからだ。

でも今振り返れば、それはほんの米粒ほどの巡り合いの一部にすぎないことがわかる。
だって、自分というものは実に広大だから。笑

目次を見ると、すぐにピン!と来た。
「今すぐこの内容、この本を伝えなさい。」と言われていると。
即!買い。

加藤さんは、こう言う。
人は、やさしくなれれば、生きることは楽になる
 でも、なかなかやさしくなれない。
 それは、やさしくなるためには、心の葛藤を解決しなければならないし、
 やさしい人と接しなければならないからである。
 それにはどうすればいいかを、この本では考えた。」と。



■やさしい人は、人とふれあって生きている

やさしい人には、「この歌を聴いたら元気が出る、世の中、辛いのは自分だけじゃないんだ」と思えてくるような歌がある。
やさしい人には、思い出すと「人生は長くない、今日も頑張って働こうという場所がある

それは、人とふれあって生きているから。
やさしい人は、ふれあうことでエネルギーが出る。
やさしい人は、いっぱい涙を流す。
やさしい人は、花に水をあげるときにも、「もし自分が花なら水をほしいだろうな」と思って水をあげる。

執着性格者のように、義務で水をあげることはない。
義務ですることは長く続かない

執着性格者は、生真面目で仕事熱心だけれど、一緒にいて安らぎがない。
それは、幼少期の心の傷を水に流せないでいるから。
何かを取り返そうと思っているから。

そういう執着性格者に対して、やさしい人をわたし(加藤さん)は愛着性格者と呼びたい。

愛着性格者は、一緒にいて心が安らぐ。
「今が今」だと感じて生きているから。
愛着性格者は、執着性格者のように自分の許容範囲を超えることをしない
無理がないから、いつも心にゆとりがある

愛着性格者は、服をたたむのも「今日1日ありがとう」という気持ちで服をたたむ。
愛着性格者は、信頼する人がいる。愛する人がいる。安心している。自分に自信がある
そして、それゆえに自分のエネルギーがある。

これが生きる土台である。

それにしても、今の日本、あまりにもやさしさがない
今の日本に必要なのは石油ではなく、やさしさである。



■人間性の核にあるのはやさしさ

人は、心に問題を抱えていれば、やさしくはなれない
その点で、やさしさを考えることは、人間の心とは何かを考えることでもある。
私たちは人間性人間性と騒ぐが、人間性の核にあるのがやさしさであろう。

人間性とは、内面の必要を犠牲にして過剰に適応することではない
人間性とは、なによりもそれはやさしさである。

そして、やさしさには、能動的、社会性、積極性、自主性などが伴う
自分の内面を犠牲にしなくて成長することのできた人は、自然とやさしさを身に着け、能動性、社会性、自主性などが同時に備わるものである。

これがわたしのいう愛着性格者である。

やさしさとは何かを考えることは、やさしそうに見えるが、実はやさしくはない、ということが、あまりにもたくさんあるからである。
やさしさについて、いろいろな誤解がある
私たちは「やさしい人」と言うとき、何を基準にしているだろうか?

人は「やさしさ」というと、「やさしい行為」を考える。
しかし、やさしいかや、やさしくないかは、行動だけでは判断できない
「やさしい人」というときの基準は、心である。



■見返りを求めない心

やさしい人に見える人が、必ずしもやさしい心持っているわけではない

怪我をして治療をしてくれる。
やさしいようだが、利己主義者でも、損得を考えればその行為はできる
こうしたらきっとこんなふうにかえってくる…と思ってするやさしい行為、「愛の賄賂(わいろ)」である。

見返りを求めない心こそ「やさしい心」。

悪口を言わない。
表面的には、やさしい。
でも、残虐な映画を好んで見ている。
悪口を言わないから、やさしいわけではない

年寄りをよく介護する看護師さんがいる。
便までチェックする。
やさしい看護師さんに見える。
しかし、実は便が好きなネクロフィラスな女性。
すごい残虐性がある。
自分の子供をレントゲン室に閉じ込めて、お化けの音楽を聴かせているすごい女だ。

でも、カブトムシなどをかわいがる。



■心が痛いとき

日頃はやさしくても、問題が起きると逃げてしまう。

妻の不倫で離婚会見をした、ある俳優。
妻の愛人を責めた
「妻はひどい人に捕まった、妻はかわいそうだ。」と、その男優は言う。
「妻の女優生命が危ない」「かわいそうだ」「子供のためだ」と言うばかりで、「私」という主語がない
「彼女の女優生命を守るため」は・・・、怒りの正当化

愛という合理化で、憎しみの感情を吐き出している
テレビの司会者は、「やさしい人」と言った。
わたしには、そう見えなかった。

子供が(あるいは誰か、もしくは自分が)病気になった。
この病気を治そうと思うのがやさしさ
心配することが、やさしさではない。
しかし、多くの人はオーバーに心配をしている人を、やさしい人、と勘違いする。

「痛い、痛い」と言うときに、膿(うみ)を出さなければならない。
痛くても膿を出すのが慈愛である。
膿を出す人が、やさしい人である。

しかし、体が痛いときと違って、心が痛いときに、本人は原因に気がついていない
だから、心の膿を出す人を、「ひどい人」と憎む



以上が本の最初で、まずわたしがピン!ときた箇所の抜粋。
わたしも加藤さんのように、本当のやさしさ、真の愛とは何かを誤解している人が非常に多いと感じ生きてきたし、わたしには真のやさしさにはまったく感じないやさしさをもって、自分はやさしい…と思っている人をよくみかける。
だからこそ彼が、こうはっきりわかりやすく言っていることに、わたしは共鳴した。
関連日記⇒×××HoLicの日

この本の目次にも、エッセンスがたくさんあった。














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posted by dozen at 14:18| 15 Lotus Life | 更新情報をチェックする
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