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2006年06月24日

思考型、直観型、それとも・・・

人は大別すると、思考型と直観型にわかれると思っていた。
しかし、最近になってその大別から外れる人がいることに気付いた。

思考型と直観型に大別といっても、それは主にどちらに偏っているかという目安ではあるのだが、
この違いは、日常の生活においてのこの影響というのは、少なからずある。

例えば、思考型は過去の経験から拾い出したり、得たりしたものからアイディアを出したり、行動したりすることが多いと見受けられる。
直観型は、過去の経験なども関係してくるとは思うが、閃きでアイディアを出したり、行動したりすることが多いと見受けられる。

では、何故このように傾いていくのだろうか。
ことわざに
「石橋を叩いて渡る。」
というものがある。
目に見える安全そうな石橋でも、叩いて渡らなければならないほど用心の上にも用心することの喩え。
どうもこれが、思考型にあてはまるように思う。

その反対に直観型での例えはどうなるのだろうか。
「危ない橋を渡る。」なのか?
危険な道を選んで進む。危険な手段を用いてことをなす。危険すれすれのことをする。
危ない橋の場合もあるのかもしれないが、目に見えて危ない橋を渡るのは単なるチャレンジと思う。

ことわざを調べてもいいのがないなぁと思っていたら、小学生のときによく言っていた言葉を思い出した。
「当たって砕けろ。」
成功するかどうかわからなくても、思いきってやってみよということ。
うん、これがピンとくる。

この二つの違いは・・・
知識や経験からくる安全があると感じるかどうかにあるように思えた。

辞書で調べてみても、
直観=推理・考察などによらず、感覚的に物事を瞬時に感じとること。
思考=経験や知識をもとにあれこれと頭を働かせること。

結局は、自分で創った制限、言い換えると知識と経験の枠(既成概念も含む)を飛び越えるのが簡単にできるかどうかと感じた。
でも、これって極端すぎる発想にも思える。
その枠を飛び越えるのって、簡単でないことを経験してるからだ。

蓮と話しているうちに、もうひとつの要素が出てきた。
『洞察』

辞書では、
洞察=物事を観察して、その本質や、奥底にあるものを見抜くこと。
とある。

この洞察が思考と直観を結ぶものではないかと考えた。

普段から、人は何かをするときに物事を少しでも観察すると思う。
その次に繋がるのが、思考、または直観とすれば、思考型、直観型と大別できたことも理解できる。

しかし、その大別から外れる人、すなわちそれが洞察型といってもいいのだろう。

洞察力というのは人それぞれ。
人それぞれであるがゆえに、洞察して思考が働く人、洞察して直観が働く人、洞察してそのまま物事を見抜いてしまう人などに大別されると気付いた。

しかし、本来人は、洞察⇒思考⇒直観、洞察⇒直観⇒思考、洞察⇒思考⇒洞察⇒直観と色々と場面、場面によって人は使い分けているはず。
このタイプというのは、ひとつのエッセンスであり、このタイプに分類することが全てと言い切ることはできない。

これは、その物事に対しての自己責任やその人の立場などによって違いが出てくるからである。
あくまでも癖と捉えるのが一番だろう。

結局、俺的にはその瞬間瞬間、どの癖が飛び出し、どの癖の傾向が強いかなんだろうと感じた。



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posted by dozen at 14:04| 05 Dragon Life | 更新情報をチェックする
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