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2006年07月11日

事実を見る、真実を見る

滝本さんのサイト
「前向きに生きる会」〜大切な人を亡くした人のために〜
を知って、蓮と話しをしていた。

死の真実(肉体を離れる)を知るというのは、かなり重要な真実ということを。

例えば、宗教で死の真実を教えてくれているのか?
たぶん無いでしょうね。
一般的に、お祈りをすれば天国にいける。しなければ地獄に落ちるみたいな教えだけのように俺は思います。
お経にはもっと深い真実が隠れていたりするんですけどね。

じゃあ学校教育は?
これも無いでしょうね。
死というものがどういうものなのか正確に聞いたことがない。

社会では?
最近ようやく死後の世界を紹介している本が出だした。
それまでにも臨死体験や幽体離脱などはあったが、あまり表に出ていなかった感がある。
ということは、ほとんど死の真実は伝えられていないのではないだろうか?

となると、彷徨える霊者たちが存在するのは当たり前としか言いようがない。

彼らは単に、自分が肉体を失くしている事実に気が付いていない。
もしくは、何らかの執着や恐怖から死を認めたくない。
だけなのであるから。

ゴーウェストやオートゥス、ダウス(マーシーバントの仲間)、クラウディスたちがdozenのところにアクセスしてメッセージをくれるのは、ヒーリングの必要性。
そのヒーリングとは、肉体を持つ、持たないは関係ないと言う。
むしろ、肉体を持たない霊者に対してのほうが重要というような感覚さえ持っているのかもしれない。

なぜか?
見えないからである。
見えないゆえに、死を知らないからこそ知らず知らずに肉体を持っている人に影響を及ぼしているときがある。
これがいわゆる憑依と言われるもの。

死を認めていない若しくは肉体を失くしたことを知らない霊者は、肉体を持ったままだと思って、人のオーラの中に入り込み、その人を操る。
(オーラに入り込まれる人の自己責任、引き寄せたという事実はあるのだが、ここでその話しは横に置いておかせてもらう。)

オーラの中に入り込んだことで、その人を操れるようになるのだ。
入り込まれた人は、錯乱を起こしたように見えたり、多重人格になったように見えたりする。
その人の人格と霊者の人格が入れ替わったりし、霊者の人格が表に出るときがあるからなのだ。
表立って見える現象としてはこんな風にわかりやすいが、実にわかりにくい場合もある。
例えば、本人や周りに怪我や不幸が続いたり、なぜか危険な目に逢う、仕事が上手くいかないなど、細かい影響も見逃してはいけない。
単に運が悪いと言えばそれで終わりなのだが、実はそうでない場合があることに気付かなければいけない。


この見えない存在が肉体を失った事実に気付かずに彷徨っているのに、どれだけの人々が気付いているのか。
彷徨っている霊者の影響をどれだけの人が知っているのか、その事実を知ることも、霊的な社会の成長に繋がるはずと俺は思っている。

彷徨っている霊者は様々な想いを持っている。これは肉体を持っている人が様々な想いを持っているのと何ら変わらない。

今、社会全体が癒しを求めている。
この事実が、霊者にもある。
癒し、ヒーリングの必要性、重要性というものは、肉体を持っている、持っていないに関係ないということであり、ヒーラーに知ってもらわなければいけない事実でもある。

しかし、癒しやヒーリングと言っても、霊者本人にはその必要性の自覚がないのが実情。
いきなりあなたは肉体を失くしていますとか、ヒーリングが必要ですとか言っても理解できない。

そこで必要なのが、相手との対話になってくる。
まず自分の実情、肉体を失くしたということを理解してもらわなければならない。
と言っても、そんな簡単なものではない。

単に話しをすると言えば簡単そうに聞こえるが、実際に死を理解していない霊者と話しをしたことがある俺から言わせれば、こんなに難しいことはない。
子供と話しをする以上に難しい。
一般的な社会的知識がある面は大人なのだが、死の理解に関してはほとんど無い。
普通の会話ができるだけに、子供と話すようにと試みたが、子供と話すほうがよっぽど楽だった。

癒しやヒーリングをする前の段階の重要性が本当に理解できた。
それを簡単に言えば、カウンセリングということになるのではないだろうか。

アチュートメントやレイキ、ヒーリングなど、エネルギーを扱う癒しのためのツールは存在している。
しかし、それは癒したいとかヒーリングを受けてみようという本人の意思があってこその話し。
本人の意思がそこに向いていないのに、癒しやヒーリングを行うことはできない。

それは、コントロールに繋がる。
コントロールをした人は、霊的な自己責任を持つことになる。
そんな自己責任を持つ必要は無いし、本人の癒されたいという意思がないのにヒーリングを行うこと自体が無意味だ。

それよりも、こういう彷徨っている霊者に対して、肉体を持っている人に対して何ができるのかをしっかりと考えるべきである。
癒さなければならない段階にくるまでに出来ることは色々とあるはず。

ヒーラーになりたい、レイキのティーチャーになりたい、アチュートメントはすぐに受けられるから楽そうとかそんなことを言う前に、現実をもっと知るべきじゃないだろうか。
現実を知ることでより多くの人に情報を与えられるようになる。

人から受け取った事実、本に載っている事実、インターネットで見れる事実。
事実は多く流れている。
その事実を、受け取った人がどう真実にしていくのか。
それは本人次第。

真実の情報の中に、偽の情報が混ざっているものがよく見られる。
これは、操作されたものなのか、その人の真実なのか、疑問を持つこともある。
しかし、受け入れるかどうがの選択は本人しかできない。

人にとっての真実はひとつではない。
自分の真実を本当の意味で探してみるべきである。
癒し、癒されると言う前に、それが起こっている現実に何が起こっているのか目を向けるべきではないかと俺は思う。



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posted by dozen at 10:52| 06 Dragon Life | 更新情報をチェックする
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