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2006年09月07日

旧 全知全能

旧、全知全能というブログがある。
龍が発見。

0907:2006
Old omniscience and omnipotence.
photo : dozen/Ren
Free sozai↓
355b.ren.jpg


初めて見たとき驚いた!
すごいアプローチだと。
これでもか!と、死を前面に押し出しておきながら、実は愛を押し出している。
実は読み手に愛というものを考えるよう促がしている。
わたしにはそう見えてならないのだが。
技あり!
真意はいかに。笑

 

このブログにはありがたいことにわたしの日記参照だらけだ。笑
とにかくある意味、降参するほどの凄さをもっている。
すごい。

龍が発見していらい、時折遊びに行くようになった。
そして最近の日記の彼の考察のすごさ。
そしてわたしは彼から学んだ。

その日記が以下。



『マグダラの書―ホルスの錬金術とイシスの性魔術』を読んだ。

「マグダラのマリア」のチャネリング内容を元にして書かれたものが中心であり、それにそのチャネラーが書いた様々な「錬金術」(エネルギーワークやら瞑想法やらのいろいろな身体的精神的変化を起こす体系的な方法の総称)などについての説明や解釈、
それにある女性の半生がその後に続いている。

実に読みやすく頭に入って来やすいので、ある程度スピリチュアル世界の言葉の知識があればすいすい読んでいける本である。

「マグダラのマリア」とは、イエス(本文では「イェシュア」となっている)の妻である。
その人が降りてきて喋ったとされている。
キリスト教のことはほとんど知らないので、特に先入観やその人物の重要性についての別段の認識などは無く読んだ。

ここで意外だったのが、「イエスはセックスしてた」ということである。
キリスト教では「禁欲的」に描かれているらしく、実際俺もそうイエスをイメージしていたのだが、そうではなかった。

セックスとはキリスト教の言うような肉欲的な汚らわしいもの(アダルトビデオのセックス)ではなく、それによって至高の極みに高まることが可能なツール(スピリチュアルセックス・タントラ)なのだ。
そのための方法とそれに必要なことが書かれている。

悟るためのエネルギーを得るには、パートナー同士で真実の愛を持ってセックスすることが案外近道であるような内容が書かれている。
まぁ、そんな浅い意味ではないが、ものっすごくはしょってわかりやすく書くとそういうこと。

マグダラのマリアは、イニシエート(神秘の世界に生きることを決意した人)であると同時に一人の女であり、イエスもイニシエートであり男だったのである。
スピリチュアル的な意味では、女性性と男性性がバランスしてこそ、覚醒が起こる(悟る)ということらしい。
キリスト教は女性性を貶めたが、その大切さを再認識する必要性も説いている。

キリスト教がその真実を隠し歪曲してきたという事実が暴露されたという視点は、そんなに重要なことではない。
まぁ、興味のある人やそういう権威の世界の影響を多分に受けている世界に属している人には大変意味のあることかもしれない。でも、それは枝葉。

本当に重要なことは、さっき言ったように、「男性性と女性性を対等に見、そしてそれをバランスさせることで覚醒すること」であり、そのスピードを上げるためのノウハウとそれに必要な心得である。
つまり、これをただ単に知識と捉えるのではなく、この道を知った上でそれを歩む覚悟を持つことである。

マグダラのマリア自身は「これを読んで本当に理解するのはほんの一握りでもかまわない」と言っているのだが、それだけ重要なことに気づく人は少ないということを表しているだろう。

チャネラーの人は、実は科学的な思考の持ち主でもあり、自分のチャネリングに対しても毎回まず疑うことから始めている。
スピリチュアル世界についての広範な知識とノウハウを持っていて、そのことも全般的に書かれている。

その中で一番自分にしっくり来てわかりやすかったのが、「エントロピー」的な性質についての記述である。

それと最後についている「ある女性の手記」。
その女性の半生が書かれている自伝だ。
小さい頃から何者かの声を聞いたり、運命の人の存在を感じたりしていて、大人になってからは仕事で能力を発揮してずいぶん有能に働いたが、私生活の面では小さな頃から大人になって最近になるまでえらい不遇の目に合ってきた人だった。

それを読むと、「イニシエートの道に歩むべくなっている人ってなんか辛い目に合うなぁ」と思う。
そういえば、dozenの蓮さんもなんかえらい目に合ってる。
というか、思ってみると何かいっぱしの存在になってる人はだいたい、成長の段階でえらい目に合ってるなぁ。

その後半、最近の日記は、まさにdozenさんとこを読んでるようだった。

「目覚めのために生きる道を歩むカップルの間に起こることは似ている」と思った。
「お互いにすべてをさらけ出す」ことに葛藤し苦しみ、相手のちょっとしたことに衝撃を受けていろいろ思い悩み激しく感情が揺さぶられ、そしてそれをあえて話すことで互いに衝突し、その上で理解し、愛を深めるという流れ。

覚醒の道を歩むイニシエートがいかに一人の人間でそれを踏まえた上でつまずきながら歩んでいくかのストーリーは、詳細は違いながらもほぼ同じ道のりであることがよく分かった。

にしても、イエスも一人の人間(まぁ生まれつきいろんな面で俺みたいな奴とは違ってスピリチュアルに宿命付けられていたのだが)として、イニシエートの道を苦労しながら積み重ねていって、そして悩みもしたのだ。たぶん仏陀も。
他覚醒した人はみんな。だいたい似た道のりを歩んだのだろう。

世界は変わるらしいが、それによって「悟り」に入るには、いろんな準備と活動をしなくてはならないのだ。
そして、その世界に入ることができるのは「一握り」なのだろう。

周りを見て自分を見ても、そうだろうと思う。
自分の中のわだかまりやしがらみなど感情的障壁をそのままにして、今だけの平安を求めて生活をして苦しみを伴う解放を先延ばしすればするほど、それに見合った悩みや苦しみを味わうのだ。

そして悟れない。
つまり、老化しなんか悶々とし、何かに動かされコントロールされるような世界をぐるぐる回り続け、再生産し続けるのだろう。

マグダラのマリアの歩んだイニシエートの道は、愛の道だった。
男と女としてお互いを真実に愛し合うことで回路を開いていった。

そういう道を歩むカップルはやがて深い愛を育て覚醒していくだろう。
俺はしない。しない奴、いっぱいいる。
魂は段階を経て覚醒の道を成長し、また覚醒してもその先の段階がある。
あー、めんどい。
めんどいが、それが魂の道なのだ。めんどい。
その道に入るためにすることは決意だけである。俺はめんどいので絶対しないが。

あと、悟りには一人でするのもあるとも書いてある。
それは多分、仏陀がやったんじゃないかと俺は思った。
その道だって、「慈悲」が到達するところだ。「愛」の別の形だろう。
結局悟りへの道は多数あってもたどり着くところは同じなのだ。
俺はやらないが。

今はやりやすくなってるらしい。それでも俺はやらないが。

この世に数多ある苦しみや争いから脱却するのはいいことだと思うが、俺はなるべくそれから離れながら楽をしていたい。
いろんなことをやりたくない。

でも、知識として、マグダラの書みたいな道があることは知った。
そしてそれが本当らしいこと、それを歩んでるらしい人たちがいることをブログで知った。
でも俺はしない。

「マグダラの書」とdozenさんとこはあわせて読むことを推奨します。
実体験の話はやっぱ信用性がありますね。
まぁ、俺にとっては体験してないただの知識に過ぎないんだけど。

俺、間違ってる。



以上は抜粋なので。
彼のブログはこちら⇒『マグダラの書』を読んだけど変わらない自分

にしても、すごい真実性を書いている。
めんどいとか、しないとか言いながら(思わず受けたが。笑!)、すごい洞察力。鋭い。
なんや言いながらdozenを引き合いに出すことで、dozenの愛やdozenというもの自身を押し出してくれている。
わたしはすごく感謝している。
彼はいったいなにものなのだろう。。。

で、わたしは思わずマグダラ読むぞぉー!となった。(もしやこれって彼の技にはまってる?笑)
龍は読んでいたけど、わたしはまだチラミもしていない。
彼の日記で読みたくなった。
ありがとう。。。












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posted by dozen at 22:25| 17 Lotus Life | 更新情報をチェックする
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