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2006年10月07日

最初のインカ人

*個人的資料なのであしからず^^;


関連日記⇒060616のアクセスメッセージ

次の500年、レムリアへは地球のさまざまな場所から多くの人々がやって来た。
この500年の期間の最後の頃に、ある120人の男性集団がレムリア南東の海岸に着いた。
彼らはその当時のもっとも新しい地球の住民だった。

というのも、マヤ(プレアデスの3番目の星)の惑星のひとつから4000人のプレアデス人が地球にやって来て、オリオン星系のラマンと呼ばれる惑星からの1万の魂の集団に生命を与え、そこで生まれたのが彼らだったのだ。

それらプレアデスからのマヤ人はラマン人よりも霊的に進化していたが、彼らもまた自らの覚醒と霊的な達成への道を歩んでいた。
大部分のプレアデス人は銀河のミステリー・スクールの存在になるための移行期にあった。
そしてその成長の段階に達していない人々は、彼らの未来のために地球へと送られたのだ。 

最初のインカ社会を形成したのは、それらのラマン人を誕生させたプレアデス人だった。
彼らの4次元の光の身体は数週間以上かけて次元降下していき、やがて完全な3次元の身体を獲得した。
その地球の身体への移行の最後の数日ほどは、深い眠りの状態にありその後目覚めたとき、地球は彼らの新しい故郷になっていた。

ラマン人の故郷であるオリオン星系の惑星に核爆発が起こって表面全体が燃焼したとき、すでに10万年近くもの間、人々は囚われの身となり、奴隷化させられていた。
その惑星は無人のまま、地表に水がない状態で取り残された。

炎の中で焼き殺されたラマン人の魂は、銀河とプレアデスの光の使者によってコクーンに収容され、レムリアに人類が到着する1300年前に地球のイルカの住む海へと移送されたのだった。

レムリア人の入植から500年ほどたった頃、それらのラマン人は現在の中央アメリカや南アメリカ北部と呼ばれる一帯に誕生しはじめた。
彼らの故郷の惑星は、非常に進化した科学技術をもっていた。

プレアデス人の子供として2〜3度初期の人生を体験した後で、彼らはすみやかに力を蓄えていった。
そして自分たちをただの「生き残り」を超えた存在へと変えてくれる、さまざまな発明に夢中になっていったのだ。

プレアデス人はラマン人の到来に備えて、かつて地球に存在した以上の洗練された文明を発達させていた。
そしてラマン人が生まれた頃には、すでにレンガや石造建築が存在しており、簡単なすきを用いた耕作も始められていた。
また現代の蓄音機、竪琴、ドラム、ギターに似た楽器などが初期のインカ人の生活の一部になっており、宝石作りや原石磨きまで生活の中に溶け込んでいた。

およそ3世代後のその新しい地球の住民は荷車を発明し、野生のロバを飼いならして引かせるようになった。
動物を殺すためや護身のための武器類も、彼らの初期の発明において集中的に考案された。
そして当然のごとく弓矢、投石器、槍が最初に発達したが、その後すぐに金属の槌のような戦闘的な武器も発明された。

プレアデス人でもありインカ人でもある彼らの親たちは、ラマンからの逃亡者のために愛情に溢れた安全な環境を創造したが、その子供たちには不信や防衛的な行動パターンが深く染み付いていた。
子供たちはしばしば攻撃しあったり、相手の悪口を言いあったりした。
ときおりヒステリーを越して両親に暴力を振るい、叫び声をあげるのだった。

親たちは本質的に愛に満ちた穏やかな人々だが、まだマスター存在には達していなかった。
親の中には、自分が思わずカッとなり、怒りにまかせてそれらの気難しい子供たちを殴ったり罰しているのに気づくこともあった。
もちろん子供たちの不信感は、どんどん膨らんでいった。
そのようにして、罰することで相手を支配するというやり方をラマン人は学んでいったのだった。

子供たちは力を用いる人々に対して、卑屈なまでの尊敬を抱いていた。
だからこそ、無分別な手段を用いる親のほうが、愛情に溢れる穏やかな両親よりも大きな成果が得られたのだ。

始まりはそうでなかったにも関わらず、彼らの社会構造は急速に男権主義的なものに傾いていった。
ラマン人の男たちは、支配と権力に対して強い渇望感を抱いていた。
そして女たちは、ラマン人の男にとって格好の獲物とみなされた。
結婚した男までが欲求不満のはけ口を求めて女や子供に当り散らし、それゆえ女たちや子供たちはここでもまたより低い階級の市民になっていった。

しかしプレアデス人は男権主義者ではなかったので、それによってインカ社会の中にいくつかの衝突がもたらされた。
地球で生命を受けてからおよそ3世代目に、それらの住民はラマン人とプレアデス人の魂の起源をもつ人々に分離しはじめた。
誰もが必ずなんらかの混血であり、遺伝子を共有していたが、相性の合う人々の魂は死んで再び生まれ変わっても、お互いに引き寄せあったのだった。

ラマン人の血を濃く受け継ぐ男の集団が、狩のための遠征の途中で100人ほどの部族と出会った。
それらの人々は地球で生まれた幼い魂の集団の一部だった。
インカ人は、それらの純真でいまだにとても原始的な人々を、まったく怖れる必要がないことをすばやく見てとった。
そこでラマン人たちは、よりよい友好関係がのちに何らかの利益を運んでくれることを期待して、彼らと友達になった。

やがてお互いに会話ができるようになると、部族の人々はラマン人に向かって、数マイルほどの海を渡った北西方向にある「大きな大陸」について話をした。
そこに住む半分人間で半分魚の身体をもつ生き物や、妖精と呼ばれる小さな人々についての物語や、神秘的なワバシ山が登場する面白い昔話についても語られた。

男たちはその大陸にとても興味をを覚えたので、すぐに部族の簡単な船を改良する作業に取り掛かった。
彼らは簡単にしつらえた帆とオールを加えて、より大きな船を造った。
そしてレムリアに生命が誕生して1000年ほど過ぎた頃、ラマン人の120人の男たちがレムリアに向けて船出した。

レムリアでは海岸沿いの8キロ以内ほどに村々が点在していたので、インカ人はすぐにレムリア人と会うことが出来た。
ちなみに妖精や人魚がそれらの新参者が来ることを前もって警告していたために、レムリアの人々は彼らが自分たちと違う人種だということを知っていた。
つまり、それらの男たちが非常に違う環境の過去からやって来たために粗暴で支配的な傾向があることや、女たちは彼らと明確な境界線を保って対応することが最良の接し方だということが告げられていたのだ。

いっぽうインカ人の男たちは、レムリアへ向かう途中で高波に襲われ、波に揺られながら必死で船を操った。
そのとき帆を下ろそうとした2人の男が、海に振り落とされてしまった。
2人は人魚に助けられ、息をつまらせあえぎながら船へと連れ戻された。
人魚たちはその直後に姿を消したが、男たちはその見たこともない生き物に――とりわけ明らかに女性と思われる姿をしていることに――驚かされた。

もちろん海には男性の人魚もいるが、幾分かでも人々の警戒を解くために女性の人魚が最初に人間に出会うように計画されていた。
またたく間に過ぎ去ってしまった不思議な嵐との遭遇や、2人の男を助けた人魚の女たちを垣間見たことによって、彼らは震え上がりながら海岸に到着したのだった。

手振りと砂の上に描いた絵によって会話するうちに、男たちは人魚がレムリアの人々によく知られ、また愛され尊敬されていることを知った。
ラマン人はその事実に畏敬の念を抱き、そのためにあまり防衛的でも支配的でもなくなった。
こうして2つの集団の関係は、最小限の軋轢のもとで調和的なスタートをきった。

訪問から2日後になって、インカの男たちの一部が数人の女性にみだらな行為をしかけた。
すると彼女たちの夫や父親やその他の男たちが、威圧的でなくさりげない態度で彼らの前に進み出て、彼女たちに近寄ってはならないということを身振り手振りで伝えた。
それをインカ人は、その女たちが仲裁に入った男たちの所有物であるという意味に解釈し、みだらな行為を慎むようになった。

インカ人は、彼らを迎えた人々の快活さや幸福そうな表情に驚かされた。
最初、彼らはレムリア人を単純だと勘違いしたが、すぐに彼らがかなり聡明でどうもかなり社交上手な人々だということに気がついた。
もちろん南方のレムリア人は、もともと「自由なオリオン」と「プレアデスからの地球人」という魂の起源をもつ人々だった。
彼らは「ラマンからのインカ人」と何らかの共通した背景をもっていたが、それらの古い呪縛からはるかに大きく解放されていたのだった。

インカ人たちは数日間だけ彼らのもとに留まってから、内陸部へ向けて出発した。
妖精も人魚も彼らの前にはまったく姿を現さなかった。
というのも、それらの新参者たちが自分たちに対してどんな行動に出るのか、まだ予測できなかったからだ。

男たちは海を渡って故郷に帰るために浜に戻ることにし、新しいレムリアの友人にそのことを告げた。
そして花束や果実や美味しい食料を故郷へのおみやげに受け取った後で、旅立って行った。
それらのインカ人は、新しい知人との出会いによって言葉では言い表しがたい強い感銘を受けた。

インカの男たちは故郷の町へと帰ると、すぐにまたレムリアへ戻りたくてしょうがなくなった。
彼らは故郷の人々に対して、その体験を分かち合おうとした。
感情を言葉で表現するのは彼らにとって並大抵のことではなかったが、それ以外にそこで体験したことを説明する適切な手段はなかった。

2週間ほどたった頃、今度は新たに200人の男たちによる遠征が始まった。
この2度目の旅は、海での事故がなかったという以外は、最初の旅と非常に似通ったものだった。
つまり、人魚の3人の男性と2人の女性が、船から90メートルほど離れた場所で泳いでいるのが見えるように、わざと仕組まれた。
初めて人魚を見た男たちの反応は、人魚とセックスをしたいというもだったが、彼らは泳ぐことが出来なかったので、それは不可能に思われた。
しかしそれは冗談や想像の対象として取り扱われた。

再び男たちは海岸で以前会ったレムリア人の知人たちに出会い、またしても花束や果実や蜂蜜水や、ずらりと並んだ食べ物を贈られた。
彼らはレムリア人の住まいを訪問してごちそうを振舞われた。
初めて来た者たちは、彼らのオープンさや寛大さ、そして人に対する信頼や明らかな純真さに驚かされた。

レムリアの人々は、人魚とセックスをした経験があるかどうかを質問されて、あまりのショックにしばらく返事をすることができなかった。
彼らにとって人魚は聖なるものであり、イルカと同様に星々からやってきた存在。
レムリアの人々は人魚から学び、彼らを尊敬し崇拝しているので、そのようなことを思いつきもしなかった。

レムリア人の反応を観察して、訪問者たちは彼らがどうも自分たちより男らしくないようだと考えた。
心の中でインカ人は、もしも何らかの理由で関わらなくてはならなくなったとしても、その気になればレムリア人は非常に組しやすい相手だと思った。
しかし彼らはしばらくの間、ただもてなしを楽しみ、大陸やその資源を探索したり、できるかぎりさまざまな話を分かち合ったりして、奇妙なほど快活な人々と心地よいひとときを過ごしたのだった。

インカの男たちの一部は特にくつろいで、レムリア式の作法や人への思いやりを学んだりした。
もちろん、ときには彼らも驚きのあまり、古い男性優位の態度に戻ろうとしたこともあったが。
一方レムリア人は、彼らからみて明らかに不幸で心が休まらないそれらの男たちに深い慈愛を感じた。
そして普段以上に、親切に寛容な態度で接しながら、客人を理解しようと努め、それは成功を収めていた。

インカの男たちは、それらの穏やかなレムリア人に魅了されたように感じるときもあった。
彼らは自分たちがもてなし役の男や女とともに笑い、泳ぎを学んだり菜食主義を楽しんだりしながら、言葉の壁がなくなっていくのに気がついた。
レムリアを探索して数週間たった頃、彼らが音楽や会話の夕べを楽しんでいるとき、1人のレムリアの女性があるインカ人にインカの女たちのことを尋ねた。
その客人は最初、質問の意味がよくわからなかったが、ようやく彼女たちの一族がインカ人の女たちに会いたがっていることを理解した。

男たちはしばらく困惑した表情で互いに目を見合わせていた。
というのも、彼らにはなぜレムリア人が自分たちの社会の女に会うことを熱心に望むのか、想像もできなかったのだ。
彼女たちは、たとえどんなに男に奉仕して子供の世話をしたとしても、単なる女に過ぎなかったからだ。

しかし彼らは質問にどう答えるべきか迷った。
レムリア人の女たちは社会において女性独自の役割を――もっとも彼らの目からみると男ほど重要な役割ではなかったが――担っていた。
インカ人の男はその質問に戸惑いながら、女を一緒に連れてくる意味があるとは思えない、とバツが悪そうに答えようとした。

そのときレムリア人の男が会話に割り込んできて、「あなたは、あなた方の社会の女性をここに連れてくるほど重要な存在とは認めていないのですか?」と、ストレートに質問した。
それに対して訪問者は、「いや、我々の社会の女たちは違うんです。旅などしたがりませんし、家で子供の世話や家事をしているだけなのです。だからここにはたぶん来ないでしょう。」と、答えた。

そのレムリア人の男は大胆にも、「あなたが彼女たちにそう質問したのですか?」と、尋ねた。
すると、そのインカの男は何も言わずに立ち上がって出て行ってしまった。
それは彼にとってもほかのみんなにとっても思いもよらない考えであり、それを口にすることに彼は恥ずかしさを覚えた。

インカ人たちはその後まもなく故郷に向かったが、その夜の会話は彼らの心の中でわだかまりになっていた。
彼らは自分たちが、女性を重要で価値あるものと感じるのを怖れていることを認識した。
なざなら、そうしなければ誰も支配できる相手がいなくなってしまうからだ。
それなのに、新しいレムリアの友人たちは彼らが欲していた以上に楽しげで満ち足りており、女は敬われ対等に扱われていたのだ。

しかし故郷にたどり着く前に、その問題は打ち切られた。
つまり、自分たちは奇妙なレムリア人とは違うのであって、自らの社会体制の長所を疑うべきではないと決めたのだ。

男たちは心の中で、レムリアに戻ることを切望していたが、さらなる旅の予定もなく数ヶ月が去っていった。
レムリアへ行った人々は、故郷に帰ったときに際立って変化していた。
口論をしなくなり、かつてのように叫んだり戦ったりする代わりに、その場を立ち去った。

それらの男たちは、妻や子供たちを支配するために脅かしたり威嚇することをやめて、以前よりも穏やかになったのだった。
妻や子供たちは、しばしば彼らが心がここにないかのようにジッと遠くを見つめているのを見た。
つまり彼らのハートがまさに開き始め、レムリアでの喜びや無邪気さの痕跡を感じて、それを忘れられなかったのだった。

それらの男たちは、ときには寂しくなったり疲れや物足りなさを感じたりした。
数人の男たちが妻にそれを説明しようとしたが、感情を表現して自分の家族にオープンになる方法がわからなかった。
そしてそれは彼らをますます孤独にした。

ついに1人の男が、家族とともに移住しようと決心した。
その決意をほかの人々に告げると、さまざまな反応が返ってきた。
数人の男たちにとってそれは同じ選択をするための機動力となり、ほかの男たちはその選択に怒りを感じて彼らを引きとめようとした。

しかしその男たちは固く決心したのだった。
というのも、彼らは気持ちを萎えさせたまま古い生き方を続けることに耐え切れなくなっていたのだ。
そしてその後すぐに、10人の男たちが妻や子供と共に故郷を離れてレムリアへと向かった。
ほかに数人の男たちが、その可能性を探るために同行した。

彼らの船が岸辺にたどり着くと、レムリアの人々がいつものように彼らを待ち受けており、花束や飲み物や食べ物とともに挨拶をした。
女や子供たちも男と同じように歓迎された。
男たちは支配的で抑圧的なイメージを手放し、ただのレムリアに住むために到着したばかりの1人の人間になれることにホッと安堵した。

新たに到着した人々を歓迎するための祝宴が開かれた。
そのうえ彼らの家が建つまで、迎え出た人の家に一緒に住むように招待された。
レムリアに移り住むことを検討するためにやってきた男たちは、まもなく家族をレムリアに呼び寄せるために故郷へ戻っていった。

最初にレムリアの海岸にインカ人が到着してから100年ほどの間に、5000人以上のプレアデス人やラマン人の魂の起源をもつインカ人が、女性や子供たちとともにレムリアの社会に帰化した。
少数の人がやや内陸のほうに自分たちだけの村をつくったが、ほとんどの人は南方の住民と混ざっていった。

そして初期のレムリア人が体験したように、妖精や人魚との出会いが少しずつ段階をふんで起こっていった。
そして新しい人々や古い人々を含めたすべての住民が、彼らとは別種の友人と親しくなり、畏敬の念を抱きはじめた。

ラマン人の魂の起源をもつ人々は、自分の中に信頼や無邪気さ、感情的なオープンさ、そして愛を再発見するにつれて、深く癒されていった。
彼らは最終的に真の自己という心のふるさとを見つけ、自分自身が本当は素晴らしい人間であることを自覚した。
男にも女にも同様に、自己を信頼し価値のあるものと認識する心が取り戻された。
人々はカップルで男性性と女性性の痛みと隔たりを癒し始め、互いに深く愛し合うようになった。

妖精から女神の話を聞き、人魚から星々やイルカのスターピープル(シリウス人)の話を耳にすると、インカの人々はさらに謙遜になり、ますます開かれていった。
彼らは霊的な絆や、すべてのものやすべての人々の神聖さをたたえることに根ざした価値体系という、新しい感覚を発達させていった。

彼らのハートは、もとからいたレムリア人や人魚やイルカたちへの感謝と愛でいっぱいだったのだ。
また彼らは、本能や5感をフルに使うことに関して、ガイドや教師としての動物の役割を理解することを学んだ。

レムリア大陸にインカ人が住みついてからおよそ100年後、初めてインカ人がワバシ山に呼ばれると、大きな祝宴が催された。
それはグローリー(輝き、栄光という意味)という女性だった。
実際には、その通りの呼び名ではなかったが、その名前の意味から私はそう呼ぶことにする。

グローリーは23歳で、男の子と女の子の双子の母親になったばかりだった。
グローリーは誕生したときに周りの人々が受けった印象にちなんで、そう名づけられた。
彼女の瞳はとても澄みきって輝いていた。

彼女の両親にとっては結婚して15年後にやっと生まれた子供だったこともあり、その子が自分たちの人生の「輝き」だと感じたのだ。
グローリーは過度に感情移入しやすい思いやり深い性質をもっていること以外は、普通の子供と変わりないように見えた。
彼女は通常の感覚においても、決して自己中心的な部分のまったくない子供だった。
人の欲求や感情に対して非常に敏感であり、人の感情を癒すために生まれてきたかのような子供だった。

彼女がワバシ山に呼ばれたとき、彼女の2人の赤ん坊は生まれてまだ9ヶ月だった。
それらの赤ん坊を新生児をなくした女性に預けるよう告げられたとき、彼女は胸が張り裂けるほどの辛さを感じた。
しかし彼女は、自分が奥義を授けられたならば、そうでない場合よりも子供たちにははるかに多くのものを与えられるはずだと思った。
それゆえ彼女は、自分が行かなければならないことを知っていた。

6ヶ月後に戻ってきたグローリーは、母代わりをしてくれた女性とともに子供たちの世話をすることになった。
子供たちが2歳になったとき、グローリーは再び次の儀式を受けるためにワバシ山へと呼ばれた。
そして子供が10歳になるまでにワバシ山での儀式が4度執り行なわれ、そのあとで彼女は完全に覚醒した巫女になるための儀式を授けられた。

彼女が山へ3度目に行くまでにはワバシ山に神殿が建てられ、ワバシ山で儀式を受けた人々がそこでレムリア人のために癒しのワークや霊的な教えを授けた。
それらの神官や巫女は、人々に奥義を授けたり、高度なミステリー・スクールの訓練を受けさせるわけではなく、基本的な道徳や自我の超越、自然や女神との調和、ハーブや花の精油を用いたヒーリング、そして瞑想や儀式的行事などの実践の仕方を教えた。

たとえばレムリアの人々は、春分の日、秋分の日、夏至や冬至の日にそれぞれの季節をたたえることを教えられた。
また彼らは、特別な星々や星座や、その高度な目的について知らされた。
レムリアの人々は、宇宙や宇宙に住む人々に祈りと贈り物を捧げ、満月を祝って踊った。
そして結婚やセックスは、人々にとって偉大なる愛と喜びの原点である以上に神聖なものだった。

グローリーの息子のマシューは、ワバシ山に呼ばれた2番目のインカ人だった。
そのとき彼はまだ16歳で、それまで呼ばれた人々の中で最年少だった。
それからまもなくさらに2人のインカ人が呼ばれると、インカ人のルーツをもつすべての人々は大変喜んで彼らを支持した。

マシューが山へ行ってから1年後に帰ってくると、彼はいま山の中にいる若いインカ人の女性と結婚することになっていると報告した。
その女性はほかの数人の女性と同様に、最初のマーラ(Ma-Ra)にちなんでマーラ(Mara)と名づけられた。
そしてマシューとマーラは、あるインカ人の村に移住して、そこの住民たちにレムリア人の聖なる生き方を説くことになっていた。



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