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2005年07月01日

わたしたちの家=霊的内を観る

5010075016_middle.jpg
車を降り、目に入ったのはある「宮」だった。

龍 「ここを見よう。」
蓮 「う・・ん・・。」

龍はすでに中に入り始めていた。
わたしは足がすくんだ。
左側にそびえたつ大きな木に気付き目を見張った。
言い知れぬ怖れが襲った。
「龍!待って。手を繋いで!」

手を繋いで前に少しは進みはするが、足がすくむ。
ここはいったいなに!?
何か怖れおおいもの、凛と張りつめたようなエネルギー。

「蓮、行くぞ。」

ゆっくり、ゆっくり前に進む。
そびえたつ木々の中の1本道が、参道になっている。
その道の両脇に、整然と木々が並び、また、道の真ん中にはときおり門番の神のようにそびえたつ木がある。
奥が深そうだ。
どこまでこの道が続くのか、先が見えない。

この場所からいったい、わたしたちは何を知るんだろう。
まるで・・・神々の足先を蟻のように歩いてるかのように感じる。
張りつめた冷たい空気。
震えが止まらない。
宮に入ったあの瞬間に感じた、内から湧き起こった深い怖れ。
まだ今も感じる。
これは内なるエゴなのか?それとも、神聖さに対する究極の怖れなんじゃないだろうか・・わからないままそう考える。
道々、一瞬、涙が込み上げそうな感覚に襲われた。
それもとても深いところから。

この木々は、神木なんだ・・。
いったいどれほどの樹齢なんだろう。
あまりに大きい。
怖れでずっと震えている自分に気がつく。
龍の手をしっかり、とてもしっかり握る。

「龍。龍はいま何を感じてる?怖くないの?」
「蓮はなんでそんなに震えてるんだ?蓮ほどじゃないけど、俺も少し怖い。なんか、なんとも言えない気分だね。とにかく、まず手を洗おう。御手洗はどこなんだ?」

御手洗が見えた。
右に矢印がむいている。
下までずっと階段を降りるようになってる。
互いに自然に深呼吸をしていた。
階段を降りていくのさえ勇気がいる。

そして視界に現れてきたのは自然のままの小川だった。
その自然なありさまがたたえているものすべてに圧倒され緊張が走る。
ここにそのまま手をつければいいんだろうか。
手をつけることにすらあまりに神聖で、怖れを感じる。
龍にここで休憩を求めた。
たったひとつひとつの行動にさえ勇気がいる。
自分に何か起こり始めている。
何かわたしの内に変化が起きている。
その変化を薄々感じ取るのでも精一杯だ。

そしてまた、わたしたちは階段を上りはじめた。

ハンドチャクラが異様に活性する。
龍と繋いだ手の間に、エネルギーの強いボールができている。
そのボールの中で互いに手を繋いでいる。

階段を上りきって、右手につづく参道をうらめしく思う。
神殿はまだ?
なんともいえない内と肉のエネルギーの変化にまだ答えは見出せない。

・・・・・・・そうしてやがて神殿に辿り着いた。

神殿でわたしたちが見たのは、まさに霊的内なる具現化。
さらにこの大きな宮そのものが、神木も川もなにもかも、わたしたちの大きな内なる具現化であったことを知った。
そこでは、3次元から5次元の様子が具現化されていた。
dozenがどのように役割をになっているか、そのさまもありありと具現化されていた。
3次元から5次元に向かうほど、とてもシンプルで、3次元に向かうほど飾りたてられ自分を大きく見せようとするさまが著しく、根源との繋がりもまだ弱いものだった。

4次元では融合によって内なる根源につながるさまが具現化されていた。
融合によってこそ、自分の内で内なる根源と接触できるのだ。
根源は外なるものでも、分離されたひとつの人格を備えた存在でもなんでもない。
分離するからこそ、人格化としての存在が著しく表現される。
きっと神とはそのように今まで扱われてきてるだろう。
神は根源は外にはいない。
内に、内なる根源として、自分自身が神だったと知る、内なる根源である自分に触れるこそが、本当の神の、さまではないだろうか。

5次元はなんと質素でシンプルか。
何も飾り立てず、ありのままで、その融合によっての根源の繋がりの深さに驚いた。
3次元とは比べものにもなにもならないほどの違い。
根源=真実の愛とのしっかりしたつながり、その土台の上に男女の霊的なる融合、善悪と呼ばれしものの融合があった。
3次元では根源がエッセンス程度にしか具現化されていないのに比べ、5次元では根源に対し、他の要素がエッセンス程度になっている。

3次元ほど、外に重要性を置き、5次元ほど内にしか重要性はない。
4次元は、どれだけの融合をもって内なる根源に自分自身が内で触れるかを問われていた。
4次元では、いままでの神への概念さえ変わるだろう。
今まさにこれこそ間違いないと思っているその概念さえ、いずれ古い真実に変わっていく。
いかに霊的探求者が、霊的既成概念を培っていたかに驚くと思う。

わたし自身、わたしが神で、内なる根源であることは知っていた。
それはわたしだけじゃない。
みんなもそうであり、すでにこの概念に到達している人もいると思う。
だけど今、わたしがわたしの真実としてはっきり言えるのは、それはまだ知識にしか過ぎないということ。
このあとわたしは身をもって、それを味わうことになる。
つまりわたしたちはこれから、知識のレベルではなく、内なる根源が自分自身であったことを身をもって体験していくことになる。

それが地球が4次元へとシフトする先駆者の体験であり、この人数が一定レベルに達したとき、初めて地球は4次元へとしっかり固定される。
1人1人の4次元へのアセンションが地球へのしっかりしたシフトになる。
個人的な4次元へのアセンションと同時に、5次元への移行も始まり、それは6次元へと向かっている。
6次元へと到達するということは、それは個人の肉体をも伴ってのアセンション。

3次元は個から融合へ向かい、4次元では融合の安定からその土台の上に個としての融合へと向かい、5次元はその個としての融合を成長させ、6次元のアセンションへと向かう。

わたしたちはこの7日目の前日、6次元のアセンションにいたる具現化を体験した。

そして、この宮の体験はもうひとつの事柄を示唆しているようにも思う。
それは、わたしたち魂がこの地球に降りようとしたときのこと。
魂レベルで自分が何をなしとげたいかを決め、決意を基に降り立つ。
そして本来の自分のいた世界からこの地球に入る怖れ。
特にわたしたちは自分たちでこの地球のシフトに関わることを胸に抱き降りた。
そのことをこれからさらに実感していくことと思う。

そして、また宮は、地球に慣れきってしまった自分が、忘れていた本来の自分がいた世界を思い出させることにもなったと今では感じている。

これらはわたしたちが龍とわたしが今、味わってる真実にすぎない。
これからももっともっと真の真実に触れていくと思う。

わたしたちは、この宮のあと、内なる根源が知識レベルではなく、体験として実感することを味わうことになった。
どんなことを味わうかも知らずに。
もし知っていたら、この顕在意識のわたしは怖れで体験を拒否し、もっとゆるやかに根源へと戻る道を選択したに違いない。
それは今でもはっきり言える。
根源へと戻る道はいくらでもあるのだから。

それでも内なるわたしはこの道を選んでいたんだろう。
成しえたいことがあるために。
そのためにこの地に降りたんだから。
だけどあまりにチャレンジャーすぎて自分を笑ってしまうし、顕在意識のわたしは正直、腹立たしくも思った。
それだけわたしにとっては、怖れが強烈だったのだ。
あとでこの体験もいい思い出になると思う。
でも今のわたしは、素直に言う!
2度とこんな体験はしたくない!笑!爆!


dozen/Ren



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posted by dozen at 10:18| 02 Lotus Life | 更新情報をチェックする
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