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2005年07月04日

外なる内なるのエネルギーの違いを知った上での探求

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宮の周りを促されるように周り、ある道で2人は「永久の繋がり」というメッセージを確認し、引き返した。

しばらく車を走らせてから、車を止め、龍は軽く仮眠をとった。

わたしはすでにどのぐらい眠っていないのだろう。
22日以来、1日の睡眠はほんのわずかで過ごしていた。
食べ物も、それらしくはほとんど食べていない。
欲求がないのだ。
欲求がないから、起きていられるし食べずにも済む。
わざとじゃなく寝れないのだ。
少し眠ると満足し、起き続けられる。
自発的な瞑想ではなく、たまにハイアーセルフに誘導されてほんの数分、軽く数十分、瞑想状態に入るが、その間ずっと何かしら映像を観続けている。
それが1日に自然に数回、訪れる。

こういう体験をしてわかったことは、自然に・・・が、いかにポイントだったかということ。
龍が前に言ってたな。
わたしが絶対プラーナで生きたい!生きれるようになりたい!・・って言ってたとき、それに意識をフォーカスしたわたしは未練がましさが浮上するのか、逆に一気に食欲が増してしまった^^;
記事にも書いたが、そのとき龍は「自然!自然が1番。委ねるんだよ。」って言ってた。

無理しすぎる努力や、我慢の上に成り立たせたものは、内にその抑圧を混在させたままだから本当の意味では自分のものには成し得ていないのだ。
環境や、心の状態、誘惑が忍び寄れば、アウトだろう。
プラーナで生きている人たちの中でも、一旦は成し得たものの、後退した人も出ているという。

霊的内なる変化によって、必ず自然にプラーナにいたるんだなと今回、実感している。
もちろん今のわたしは、また前ほどじゃないが以前のように戻るだろうことを知っている。
1度にいきなりプラーナに移行するというより、この先、何年、あるいは何十年かをかけて、今みたいな時期もあれば以前のような時期もあり、ゆるやかな螺旋を描くようにゆっくりゆっくりプラーナへと移行していくんじゃないかと感じている。

自然に欲求が湧かないほど楽なことはない。
いっさいの無理も我慢もないからだ。
霊的探求が進み、内なる真実がドンドン深まり、そのような流れと比例して、焦らなくても自然に内から肉体へと、その変化や進化が伝達されていくんではないかと感じている。

いくら知識と努力と意志の強さで成し得ても、そこに霊性がともなっていなければ本物にはいたらないんだなと、なんか実感してしまっている。
何事も、外からではなく、内からなんだなと。

わたしの22日辺りからの睡眠と食事は、これも今だからわかるが、根源と繋がるエネルギーが体内に流出するには、この状態がとてもふさわしかったことがわかる。
普通に睡眠を取り、普通に食べていたのでは、あれほどのエネルギーの融合はできなかっただろう。

空はもう夕暮れだった。
龍が眠ってる間、1人車を降り、タバコを吸いながら景色を眺めていた。
眺めながら、宮を訪れ過ごしたあの時間を思い返してみた。
よくもまぁ、内なるメッセージだけであそこに辿り着けたもんだ。
感心する。

スピリチュアルは本当に日常だな・・・。
何か特別の世界でもなんでもなく、このわたしたちの毎日にスピリチュアルはあり、それを味わうのにたくさんのお金も特別だった環境も、ホントは何も必要じゃないんだな。
それぞれがちゃんと探求に、自己成長にふさわしいところで実は毎日過ごしてる。
そう過ごす中に、導きも霊的財産も、実はふんだんに用意されてるんだな。

宇宙の豊かさに限りなんてないし、こうしなければ、とか、どこどこで絶対過ごさなければ霊的なるものは得られないなんて、あるわけがない。
自分がこうでなければと思っている限り、そうでなければ得たいものは得られなくなってしまうように、自分自らその現実を創り出しているだけ。

幸せや自己成長には、経済的豊かさが必要だと信じるなら、その状態にならない限り、その願う豊かさを享受できないように自ら創造してしまっているのだろう。
経済的豊かさに真の自由があると信じれば、その環境を手にするまで、さらなる本当の真の自由には気付かないのだろう。
そう信じる世界を自ら創造し、その世界に生きることになる。
それがその人の真実なのだから。

これは何にでも置き換えられると思う。

いったい自分がどんな世界を自ら創造し、その世界に生きているかを、1人1人よく吟味したほうがいいのかもしれない。
もちろん、わたし自身も。

自分がどんな真実に今実際、生きているのかを。
わたしたち1人1人が、確実にそうやって自分の真実を生きている事実。
それがこの地球の世界さえも創り出している事実。

環境破壊が、とか、犯罪が、とか、政治が、とか、ありとあらゆることを非難する前に、自分自身はいったいじゃぁどんな世界を創り出し生きているのか。
世界はその集合意識である事実の結果だと、1人1人が真に気付いたら、この世界は一変するかもしれない。

自分自身を愛することが、自分自身を大切に扱うことが、実はすべてに反映し、真実なる愛に繋がっていくことを、夕暮れの空を眺めながらわたしはつくづく実感していた。

本当に大切なのは、内でしかない。
内なるエネルギーは、外なるエネルギーより半端じゃなく強いエネルギーを有している。

外に目や気を奪われ過ぎているように思う。
いい水を飲もう。
身体にいいものを食べよう。
タバコをすってはいけない。
肉はエネルギー的によくない。
サプリメントを取りいれよう。
もうそれはさまざまなことがライトワーカーたちの間でも言われている。
クリスタルだ、ヒーリングだ、エネルギーの転写のエッセンスだ、ホメオパシーだ、アロマだ・・・。
数々の外なるエネルギー。

霊的に、エネルギー的に、能力的にまでそれらが左右するとでも言わんばかりに。

確かにエネルギー的に影響はある。
それはハッキリわたしも言う。
それら食べ物の周波数や、石のエネルギー、またヒーリングが人に及ぼす価値は高いし、確実に肉体的にも、精神的にも、霊的にも影響を及ぼす。
探求者がチャクラを熟得しようと心がけるのも当然だと思う。
だから否定をしているんじゃない。

でも肝心な点をわたしは忘れないでいたい。
その当事者が内なる状態で許可していない限り、当事者が顕在意識で望む事柄などには何の効力も発揮できないということである。
さらにいくらこちらが望んでも、その当事者の内奥、ハイアーセルフの許可がおりなければ、どんなヒーリングや道具を使おうが当事者の得たい結果は得られない。
究極を言えば、ライトワーカーが癒しているのではなく、ライトワーカーを高次のエネルギー媒体に、力添えを得ながら結局、その本人が癒しているということだ。
癒しの要は、当事者の内である。
だから、癒しを自分に起こすのも、すべては本人しだいなのだ。

つまり、それら外なるエネルギー以上に、内面の感情や精神性、思考、内なるものがどれだけ莫大なエネルギーを有しているかが抜け落ちているように、わたしは感じる。
外なるエネルギーの影響は内と比べわずかだ。
内なるエネルギーは莫大だ。
いくら外に気を配っていても、内をおろそかにしていたら片手落ち以上のことだってことに早く気付いてほしい。
女性で美に関して熱心な人は実感していると思うが、ちょうどこの例えがわかりやすい。
化粧品。
外は2割。
内なる美容が8割で美しさは構成されているという。
さらに言えば、外的美容、内的美容、プラス、心の美容となる。
スポーツや実際に身体を鍛えている人も、この例えを置き換えられるんじゃないだろうか。

どれだけ身体を完璧にしていても、内なるエネルギーに簡単にやられてしまう。
内なるものは、確実に身体に反映している。
せきだってそう、かゆみだってそう、指に刺さったトゲはたまたまじゃない。
げっぷもおならも、たまたま膝をぶつけたのだって偶然じゃない。
すべては内なる肉体への反映。
それも具現化なのである。

プラーナで今も生きているあの著者も、プラーナで生きるまで完璧な身体への気配りをしていたにも関わらずガンになった。
いくら肉体に最善を尽くしていても、内なる影響下の強さの結果に、彼女は改めて内なる探求と肉体の本当の意味の最善に取り組みだした。
プラーナに至った自らのプロセスを、そう語っていた。
インドの聖者たちも、あれほど霊的に素晴らしいことを説いていても、さまざまな瞑想やヒーリング、心の在り方や宇宙の法則にいたるまで説いていても、ガンや心臓発作でなくなっている。

病は内なる状態を反映している。
例えばガンは、深く傷ついている、恨みが募る、自分をむしばむような極秘な深い悲しみや嫌悪感の現れである。
その人の肉体の様子を見れば、その人の真の内なるあり様がわかったりする。

それほどに、外より内のエネルギーの影響はすごい。

外も大切。
だけど本当に大切なのは内。
霊的探求も、そういったことに注意を払いたいと、つくづく実感している。
自分自身、まだまだ認識が知識以上に甘かったり、実践もまだまだだけど、わたし自身の体験した真実としてわかったことはそういうことだった。
あまりにもみんなが、外のエネルギーの在り方に偏っているように感じる。
もちろんそうじゃない人もいる。

わたしは瞑想も、エネルギーの扱い方も、ヒーリングも、食事も、睡眠も、どれも完璧に自分に対しておこなえていない。
アロマも転写エッセンス類も、ホメオパシーも過去にほんの少ししか使ったことはない。
クリスタルに関しては、いっさい使ったことがない。
だけど内なる探求によってここまで来れた事実は、紛れもなく事実で、外なるものが例えおろそかであっても、起こるべくして内なるスピリチュアルは必ず起こる。
そのための促しも、導きも、メッセージも、必ず起きる。
内なる自己探求は、真実の愛を生み出す。
この真実の愛ほど、素晴らしいエネルギーはないし、それは内に湧き起こるもので、外からのエネルギーでは決してない。
もちろん、外なるエネルギーが役に立たないと言っているのではない。

薬や抗がん剤は、エネルギー的に確かに肉体的にも霊的周波数的にもよくない。
けれど、それでも癒しの奇跡は起こる。
ガンが突如、治ったりするのだ。
大量の薬の投与があっても。
それはなぜか。
その癒しはその人の内から起こったのだ。

だから、外なるものの、こうでなければならない・・・という偏った概念に陥らないようにしたいとわたしは実感している。
内があってこそ外は活かされる。
内があってこそ、外に助けられる。
外があってこそ内に気付ける。
しかし内奥が求めたこそ、外によって気付けるのだ。
なにごともバランスよく。
外なるものも、内なるものも、その価値のバランスが取れた上で、さらに向上していけるのが1番いいんじゃないだろうかと、つくづく思う。


dozen/Ren



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posted by dozen at 10:44| 02 Lotus Life | 更新情報をチェックする
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