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2005年10月17日

すでにそうで在るということ

わたしは自分も含め、世界中の人が幸せを享受しながら生きていくことを望んでいる。
人だけではなく、この地球に存在するすべて、地球自身も、そしてあらゆる次元も。

こう望んでいるのは、わたしだけじゃないと思う。



そう感じていたときに、ふと気づいたことがある。
そう望む背後に、望むこととは反対のそうではない思いがあることに気がついた。

そう望むということは、そうではないと感じている何かしらの思考のエネルギーがあり、そのエネルギーが自分に働くよう許して(受け入れて・承諾)しまっていることに。

これは多くの人もそうかもしれないと感じた。



そんな風に気づかぬうちに流れている、望むこととは反対のことを自分に許して(受け入れて・承諾)しまっていること、それ自体が創造に繋がってしまう。

こう考えることは、愛に溢れる世界を望む背後に、そうじゃない世界を自分に許して(受け入れて・承諾)しまっているのと同じじゃないか、と思った。

平和を望むだけじゃなく、その背後に何かしらないか。

幸せ、愛を望むだけじゃなく、その背後に何かしらないか。



だからわたしは、そしてわたしたちは、すでに平和であり愛に溢れた世界で毎日を暮らしている、
すでにそうであるという思いが大事なんだと気づいた。

すでに在る。
わたしたちの内には真実の愛のクリスタルの原石が、1人1人にすでに在る。
すでに在るということは、望む愛に溢れた状態はすでに在るということになる。

すでに在るという真実に生きる大切さに、改めて気づいた。




そういう愛に溢れた平和な世界という真実を、すでに自分は生きているんだという、実現したかのように生きる、それ自体が大事なんじゃないかな。

そうじゃなければいつまでたっても、望みながら、望む背後に自分に許して(受け入れて・承諾)しまっていることが存在してしまう。



わたしはこの地球が等価値制度になることを望んでいる。⇒等価値制度
そう望むのは、現実はそうじゃないと自分に許して(受け入れて・承諾)いるから。

望む限り、この両方のエネルギーが創造へと働いてしまう。

祈りというものも、そういうことに注意を払って祈ったほうがいいと思う。



イメージングが自己実現、自己創造にいいというのは、自分がすでにそうであるよう生きていることまでイメージングをした方がいいと思う。

わたしが今まで数々の夢が叶ったのは、イメージの中でそう実際に過ごしているかのようにまでイメージするからだと思う。

この毎日の現実で、すでに望んだことが叶っているかのように暮らすのが、自己創造への大きなポイントだなと感じた。

自分が何を願い、何を望んでいるかの、その背後に自分に許して(受け入れて・承諾)しまっている事実に気がついたほうがいいと思う。



わたしは今日、スプーン曲げをしていて、これらを感じた。

前の記事に書いた通り⇒Spoon
スプーンは単にエネルギーだと分かっているくせに、スプーンはこういうものだと自分に許して(受け入れて・承諾)しまっている自分がいると書いた。
だから、曲がらない。

今日のこの改めて気づいたことと合致していた。



お金もそうじゃないかな。

お金は単にエネルギーだというけど、そう分かっている背後に、何かしら自分許して(受け入れて・承諾)しまっているものが働いているんじゃないかな。

単にエネルギーだと言う背後で、それとは反対の認めてしまっているエネルギーによって自分に現実化させてしまっていることが、あるんじゃないかな。

お金が本当に単にエネルギーなら、それが本当に真実であるかのように、そう扱っている自分だけがいないと、まさにそのまんまの現実化はしないよね。
その背後も認めているうちは、その背後も現実化してしまう。





やっぱりスプーン曲げには、何か自己創造の大切なエッセンスが隠されている。
これからも続けようっと。笑



気づき:

わたしはこの自分の記事を読んで、どうもまだ足りないな・・・と感じた。

これらの内容を愛とエゴで置き換えた場合、愛を望みながらその背後のエゴを自分に許して(受け入れて・承諾)しまっている・・・ということになる。

つまり、愛を望んだならば、しっかり愛の方を選択し、その選択した事柄がすでに在るかのように過ごすその内的意識の重要性を言っている。⇒愛で選択したものだけを取り入れる

背後にあるエゴが自分に働くのを許して(受け入れて・承諾)しまっている・・・に関して、まずエゴを認め受け入れ愛をもって許し、そして手放す。
その背後にあるエゴを、いつまでも認めたままで、自分から解放せず執着したまま、いくら愛を望んでも、いくら愛を選択していても、解放できていないエゴは存在し現実化するということ。

望んだことが叶っているかのように過ごすには、エゴを愛をもって許し、解放し、そしてしっかり愛の選択をしているというほどにありなさいということ。

愛を望んだ、愛を選択したと言いつつ、現実、実際にはその背後でエゴを解放することをしていなければ、望んだことを背後では否定していることになる。

だから、望んだ背後に何があるかに注意を払う大切さと、望むだけじゃなくそうであるかのように自分の内的を染めてしまうほどであることが、どれだけのエネルギーを持ち現実化に至らす強さを持つか・・・ということ。

そうで在ると本当に心から思い込めたとすれば、それがその人にとっての当たり前になり、その強さ、エネルギーが、そうじゃないものまで溶かすこともしてしまう。
エゴを解放するというけど、愛がエゴを溶かす

愛をもって許し解放するとは、単に解放を言っているのではなく、愛に重きを置くその真実が・・・愛でエゴを溶かす・・・愛をもって解放するということ。
すでにそうで在るというこの記事の真意は、ここにあります。
こう書けば分かりやすいかなぁ〜と思って書き加えました^−^



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posted by dozen at 13:50| 06 Lotus Life | 更新情報をチェックする
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