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2006年03月03日

創造の欠如

愛に変換したことで2人の目に見えない距離が縮まり出した。
けれどわたし自身は龍にも直接言ったように、何かまだスッキリしない。
普段ならこういう龍とのディスカッション後、本当にスッキリしたならスッキリするのに。

0207:2006
vol.2
Lack of creation
photo : dozen/Ren
Free sozai↓
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何かまだ、目に見えない領域にありそうだ。
それはもちろん、わたしの内のこと。


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posted by dozen at 12:23| 10 Lotus Life | 更新情報をチェックする

2006年03月01日

愛の合図

朝、さっそく消えた日記について2人のディスカッションが始まった。

0207:2006
signal of love
photo : dozen/Ren
Free sozai↓
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互いに感じたこと、感じていることを率直に口に出す。
自分から観える相手の状態も、ストレートに率直に、口に出し伝え合う。
批判するのでも相手をなじるのでもなく、ただ、素直に感じている内容を事実としてそのまま表現する。

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posted by dozen at 13:50| 10 Lotus Life | 更新情報をチェックする

2006年02月28日

具現化の中で誰もが生きている

夜更け、寝る前に携帯から自分のブログを見に行った。
挙げられている各日記や記事を新しい順から見ていくと、わたしの2月1日の日記が途中からなくなっていた。
文章が前半の最初の方しかない。

0206:2006
Vol.5
Sky And Town See From Red  
photo : dozen
Free sozai↓
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これはいったいどういうこと?
ショックだった。
もう2度と同じ日記なんて書けない。


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posted by dozen at 01:39| 10 Lotus Life | 更新情報をチェックする

2006年02月27日

蓮の日常

龍が12月いっぱいで設計の会社を退職し、1月から新たな龍との日常が始まっている。
1月はとても忙しく、新たな日常を振り返っている暇もなかった。

0206:2006
Vol.4
walk nonchalantly
photo : dozen/Ren
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2月に入り、引っ越しも落ち着き、おまけにインターネットの工事待ちで、わたし自身のPCの仕事が減ったために生活のリズムを余儀なくゆっくりされ振り返ってみる時が今、訪れている。
1月に入って「リラクゼーションしなさい!」という幾度とない強いメッセージが、こうやって余儀なくハッキリとも訪れた。笑




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posted by dozen at 00:04| 10 Lotus Life | 更新情報をチェックする

2006年02月22日

Yogaストレッチ

今日は龍が設計のバイトの日なので、いない。
で、1人。
この数日、続けているヨガは今日はおさぼり。笑

0206:2006
Vol.3
Flower in river4
Art : dozen/Ren
Free sozai↓
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ヨガって言っても、わたしには体操というかストレッチに感じる。
ポーズにインドっぽいスタイルが入っているから、そう呼ぶのかなぁ。
まあ本格的ヨガではないし、優しいタイプのものだから。


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posted by dozen at 09:07| 10 Lotus Life | 更新情報をチェックする

2006年02月20日

わたしの実践探求ツール

いつからか、取り組んだり忘れたりしながらも、ずっと意識することを心掛けているのがラブカードのPost In
1日の終わりに、感謝や想いを伝えたいことがないかどうか1日を振り返り、振り返ることで自分を振り返っている。

0206:2006
Vol.2
Angel near You
photo : dozen/Ren
Free sozai↓
54エンジェル.jpg


そう意識することで、愛に気付けたことや自分の想いを振り返れたことがたくさん出てきた。

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posted by dozen at 09:48| 10 Lotus Life | 更新情報をチェックする

2006年02月19日

わたしはパン

夢を観た。
わたしは食パンだった。笑

0206:2006
Oneness spreads
photo : dozen/Ren
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パンは、霊的滋養物。錬金術。創造。
四角は、パートナーとのバランス、四大要素のバランス。地風火水。
4は、パートナーとのエネルギーのバランス、完全なバランスに成長すること。


パンのわたしはこう思った。

もっと自分を知りたい。(進化したい。)
そのために分離することにした。
細胞分裂と言おうか・・・。
自分を細かくし増やす。
細かくなっても増えても、そのすべてはわたしで、そう在ることでわたしはより多く自分を知ることができる。
自分自身が細かくなれば、体験が増える。
パンのままで知るより、もっと多くを知ることができる・・・、そう思ったからだ。

するとわたしは、今のわたしと龍になっていた。
どちらもわたしだった。





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posted by dozen at 10:35| 10 Lotus Life | 更新情報をチェックする

2006年02月17日

友達とパートナーと家族とPipe of Peace!!

ついに2日前からリアルにエゴが表に出だした。
直接、龍に言う。
「おかしいよ龍。自分で気付いてる?表に出てる。顔つきにも、話し方にも、態度にも。」

0205:2006
vol.2
Arugamama
photo : dozen/Ren
Free sozai↓
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すると、噛み付くのかと思いきや、かなり素直にそれを認めた。
すでに自覚もしている。
自分の状態をよく把握できているので、龍はとても素直に自分からエゴの状態を聞かせてくれた。


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posted by dozen at 09:57| 10 Lotus Life | 更新情報をチェックする

2006年02月15日

真の導き手は自分自身

我が家の霊水が尽きたので、龍にお願いして恒例の霊水汲みに出かけた。
その道中で、龍にすごく素敵なことを教えてもらった。

0205:2006
Angel Incense
Art : dozen/Ren
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それは昨日、龍がチャネリングした天使との内容だった。
そのメッセージとは、
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posted by dozen at 17:39| 10 Lotus Life | 更新情報をチェックする

2006年02月14日

ゆだねるという深さの中にある自己責任

ここ2週間の大きなわたしの自己探求のテーマは、ゆだねるという深さ。
まだしばし、続くようす。

0204:2006
Space Flower
Art : dozen/Ren
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龍にこれら日記を書いているワード?(じゃないなこれ、メモ張とある)をコピーして持っていってもらうとき、このあいだの1日のわたしの日記内容を読んだ龍と、ゆだねる、の話しになった。


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posted by dozen at 23:21| 10 Lotus Life | 更新情報をチェックする

2006年02月09日

2月3日vol.2 続:出版社の村上さん

龍から封筒が手渡された。
出版社からだ。
京都の烏丸で、相談会をするというお知らせ。

引っ越しが落ち着いたら本格的に本創りを始めると決めていたわたしには、グッタイミング。
前回、企画出版の声をかけてもらっていたまま放置していたので、担当の企画プロデューサー村上さんに直接、わたしが連絡を取ってみることにした。
今まで龍経由だったのを自分で取ることにした。

前回の記事⇒出版社の村上さん♪

龍もその方がいいだろうと。

そして初メールをし、烏丸に村上さん自身が来られているかどうかを尋ねることにした。
来られていないなら、前回の続きでお話しが進められるよう配慮してもらおうと思った。
すると2日後、村上さんからメールが届いた。



蓮さん

こんにちわ。
村上です。
お久しぶりですね。
お元気ですか?
ご連絡いただきありがとうございます。
2日程、不在にしており返事が遅くなり申し訳ございません。

前回もう少し時間をかけてみたいと龍さんからメールをいただき、ご縁があればいいなと思っていたので、蓮さんからメールをいただきとても嬉しいです。
烏丸にいけるかどうか、まだスケジュールがはっきりしていないのですが、お2人が来て下さるのならぜひお会いしたいです。
烏丸へ行けるよう調整してみます。

烏丸の予約を取りたいので、ご都合のよい時間をお知らせ下さい。
もしどうしても行けない場合は事前に誰が担当になるか、連絡を入れるようにします。
また前回伺った内容も引き継ぐようにしますので、ぜひお越しくださいね!
ご連絡をお待ちしています。



お仕事だから当たり前かもしれないけど、けれどいつも村上さんは丁寧に接してくれる。
烏丸の件、調整してくれるんだぁ、ありがたいなぁ・・・。
3日後この返事に、&前回、出版社に訪れた楽しかった様子を日記に書いて、ブログでアップしたことも伝えた。
すると当日にすぐ村上さんから返事が来た。



蓮さん

こんにちわ。
お返事ありがとうございます。

え?わたしのこと書いてくださったのですか?
さっそく見ます!
ありがとうございます。
感想はまた後日・・・。

さて烏丸の件ですが予約OKです。
また案内状をお送りします。

またお会いできるのがすごく嬉しくて楽しみです。
では、烏丸にてお待ちしています。
ご連絡ありがとうございました。



するとこのメールのあと、この日の夕方にまた村上さんからメールが入った。
うん?どうしたんだろう?

蓮さん

たびたびすみません。
村上です。

今さらなんですが、ブログを読みました。
そうか〜って感じですね。
う〜ん、鋭いって言うか。
蓮さんのわたしに対するチャネルごっこで言ってくれたことはたぶん当たっていますね。
大野もそうかも。(前回記事に登場するもう1人の方。)

実はすごく人見知りするのですよ。
だから初対面だと、まして仕事上だとなかなか難しくて。
だから品があるなんて言ってもらいましたが、ほんとは全然違います。
だから地が出たほうがいいと言ってもらえたのは嬉しいですね。

スピリチュアルに関しても、もっとわかりたいと思っています。
理解するとかではなく、蓮さんがブログで言っていたように、扉を開けてみたいです。
浸透するかな。
ちょっとわくわく、どきどきしますね。

ついつい余計なことをメールしてしまいました。
でも、次にお会いするまで我慢できなかったので。

では、烏丸で再会できるのを楽しみにしています♪



ほぉ〜・・・。
村上さんて、なんて素敵な人なんだろう・・・。
素で対応してくれようとする人ってダイスキ。

そばにいた龍が、
「村上さん、なんだって?」

ワクワクしながら龍にこのメールを見せると、
「蓮、村上さんに気に入られてるな^^ 大阪でもそうだったし。不思議ちゃんの蓮を気に入ってもらえてよかったな。素直に嬉しいよな、いいことだ。俺も嬉しい♪」



この返事に、わたしはこうメールを送った。

村上さん

こんばんは♪
このメールありがとうございました。
すごく嬉しかった。
それは、お仕事の村上さんではなく素の村上さんでわたしに触れようとしてくれるからです。
お仕事も確かに自分だけど、役割を超えて素の?本当の?自分でいれることは、とても大切だと蓮は感じているからです。
役割にその大切さが溢れるからこそ、人は、実はそこに魅力を感じ、繋がってゆく。
そうわたしは感じています。
だから嬉しかったです^^
このメール、近々ブログにアップさせてもらいますね。
ありがとう・・・。



村上さんに会うのが、とても楽しみになった。
ワクワク。
なんか、本よりも村上さんに触れることが楽しみになっちゃった。
毎月、東京に行っているんだから、大野さんにも会ってみたいなぁ。

人はいくつもの役割を持っている。
わたしなら親であり母であり、娘であり、龍の恋人であり、息子の友達でもあり、ライトワーカーであり、dozenであり、Peaceワーカーでもあり・・・、などなどたくさんあるけど、どんな役割をもっていようが、在るがままの自分でいること、素の自分でいられることは、いろんな意味で魅力的なことだと思う。

それにしても、本創り煮詰めなきゃ^^;
写真をふんだんに活かした日常エッセイが本来、好きなんだけどなぁ・・・。
インテリアやお洒落な話しやshopとかオーガニック、自然やガーデニング、とかもふんだんに入ってるのが好きなんだけど、このブログ、なぜか思いっきりスピリチュアルしている気が・・・。笑





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posted by dozen at 10:44| 10 Lotus Life | 更新情報をチェックする

2006年02月08日

dozenはすでにTantraだった

2月3日 dozenはすでにTantraだった

タントラを知るようにとのメッセージを受け取った龍から実際、情報を知るまで、何がタントラかもわたしは全く知らず、自分たちがすでにタントラにあったことすら気付くこともなかった。

以前、日記に書いたように、タントラを知ったとき、これってわたしたちの日常そのものだぁ・・・と感じたのは決して大げさではなかった。
もちろん、タントラすべてを体現できているという意味ではなく、できていたらここにいないわけで(笑)
だけどdozenがタントラを生きているのは間違いなかった。

タントラは、スピリチュアルそのものが日常であり実践だという。
わたしたちdozenそのものだ。

タントラでは、哲学は思考のスピリチュアルと呼ばれ、タントラは実践のスピリチュアルと呼ばれている。
思考 と 実践。
頭で堪能するスピリチュアルと、実際の体験で堪能するスピリチュアル。
こうはっきりと違いが示されていた。



タントラの真実を他にも抜粋すると、

観念でもなく哲学でもなく、タントラでは教義や教条は意味をなさない。
タントラの関心の対象は、方法や技法であって、原理や主義ではまったくない。
タントラの言葉の意味は「技法・方法」「道」。
だからタントラは、哲学なものではない。
 
ここが肝心だそうだ。
知的な問題や探究は、関心の対象外であり、タントラにとって重要なのはなぜwhyではなく、どのようにhow。
「真理とはなにか」ではなく、「どのように真理に到達するか」。

タントラとは技法を意味し、体系は科学的だそうだ。
科学にとって重要なのは「なぜ」ではなく、「どのように」。
これこそ哲学と科学の根本的な違いだそうで、哲学の場合「この存在はなぜ」と問うが、科学は「この存在はどのように」と問うそうだ。

あなたが「どのように」と問うときには、方法や技法が重要になり、理論は意味を失い、体験が中心となる。



そう・・・、体験。
体験するには、実際に実践していないと至らない、とわたしたちdozenははっきり言える。

続いてこうある。

哲学を理解するのは容易。
知性さえあればそれでこと足りる。
言葉さえ理解できれば、概念さえ理解できれば、哲学は理解できる。
あなたが変わる必要もないし、変容は求められない。
今のままのあなたでも、哲学は理解できる。

だがタントラは違う。
まず変化・・・というより突然変異が必要だ。
あなたが変わらないかぎり、タントラは理解できない。
なぜならタントラは、知的な命題ではなく体験だからだ。
体験に対して受容的で、オープンで、無防備でないかぎり、タントラはあなたにやってこない。

哲学は思考に関わっている。
頭があれば充分だ。
全身全霊で臨む必要はない。
 
だがタントラは、全身全霊で臨まないといけない。
それはより深い挑戦だ。

どこまでも全面的にその中に入る必要がある。
タントラは部分的・断片的なものではない。
それを受け取るには、別種の態度、別種の姿勢、別種の考え方が必要になる。



このタントラは、実践する人と、思考に留まる人の明白な違いの事実を、明確に語っているにしか過ぎない。
実践の質と思考の質、その真実の重みは明白に違う。

実践は、それだけのいろんなことを実際に味わってきている。
痛さも恐怖も、涙も、そして愛も光も。
いつまで思考で満足するのかは自由意志であり、自己選択。



さらにタントラはこう語る。
 
どんな質問でも、哲学的に論じることができる。
どんな質問にも2通りの取り組み方がある。
哲学的に取り組むか全人的(トータル)に取り組むか、観念的に取り組むか実存的に取り組むか。
 
たとえば「愛とはなにか」という質問に対して、あなたは知的に取り組むこともできるし、論議したり、理論を組み立てることもできる。
特定の仮説を論ずることもできる。
体系や学説を創り出すこともできる。
それにもかかわらず、あなたは愛についてなにも知らないかもしれない、とタントラは述べている。



これは多くのライトワーカーや霊的学校の講師たちにも及んでいる。
>体系や学説を創り出すこともできる。
>それにもかかわらず、
実際の愛の実践・実践から得る学びや真実(自己探求・創造)についてはどうなのだろう。



続いてこうあった。

哲学的になったり、理論的になったり、教条的になったりするのはたやすい。
問題に知識を使って取り組むのはいたってやさしい。
問題に実存的に取り組むこと・・・ただ考えるだけでなく、それを生き、それを通り抜け、それによって自分自身を変えることは難しい。

愛を知るために必要なのは、愛することだ。



まったくその通りだと思う。
実際に、愛すること。

スピリチュアルに携わる人で、全身全霊、人を愛するということに取り組んでいる人は実際どれぐらいいるのだろう。
他者を愛するのと、一番身近なパートナー・伴侶を愛するのとでは全く質が違う。
わたしは一番身近な人に、本当に向き合えている人ほど本当に自分に向き合い、愛を実践しているんだなと感じる。
恋愛に臆病な人が、またそういう関係を育めない人が、本当に自分に向き合っていると言えるのだろうか。
スピリチュアル(愛)を実践していると、本当に言えるだろうか。

人を「身近な関係において」(あえてこう言うのは身近な人ほど本当に愛するのには実は深い挑戦が要されるからだ)、自分のように密接に本当に愛することを実践する。
この、とても深い取り組みを実践することで、さらに身近から遠くの存在へとある他者にも、真に愛する関係が真に深まっていく。
パートナーがいるのもいないのも誰のせいでもない。
すべては自分だ。

パートナーがいず、またはいても、愛の実際的な取り組みをしていない人は、わたしには真に自分に向き合っている人には観えない。
自分に対し恐れを抱き、自己信頼、自己愛の欠如に感じる。
エゴと愛は自然に顔を出すものだから、パートナーがいない時期があってもおかしくない。
けれど、人と実際、愛を育もうと進んでいる取り組んでいる途上でそうなのか、そうでないのかでは大きな違いだし、パートナーがいても愛に取り組み愛を学ぼうとしていなければ、同じことだ。

確かに愛というものはこの関係を限定して指しているのでもなんでもないし、愛はいろんな分野でいろんな関係で育める。
けれど、一番学びが大きいのは実はこの関係であり、自己の男性性女性性の統合に密接に大きな学びをもたらしてくれる。
わたしは恋愛を推奨するし、どんどん真剣に何回でも霊的質をもって、取り組んでほしいと感じている。

恋愛に臆病な人が、またそういう関係を育めない人が、本当に自分に向き合っていると言えるだろうか。



タントラの真実はまだ続く。
 
タントラは、質問には答えない。
その代わりに技法を教える。
その技法を通り抜ければ、きっとその答えはわかるだろう。
実行すればわかる。

タントラでは、「行なうことが知ること」であり、それ以外に「知ること」はない。

あなたがなにかをしないかぎり、変化しないかぎり、違った見方を持たないかぎり、知性とはまったく異なった次元に入り込まないかぎり、答えはない。
仮に答えが与えられたとしても、それはみな虚偽だ。
 
一切の哲学は虚偽だ。
あなたが質問すれば、哲学は答える。
あなたはそれに満足するかもしれないし、満足しないかもしれない。
満足であればあなたはその哲学を信奉する。
不満足であれば、他に信奉すべき哲学を探し回る。
だがあなたは、依然としてもとのままだ。
あなたは手つかずのままであり、あなたは変わっていない。

哲学に関わる論理はいつも観念的だ。
概念と原理が重要で、論議が重要だ。
論議は、「正しい」「間違っている」というように、論理の言葉は自己中心的だ。
関心は相手にはなく、自分のエゴにある。
そして自分のエゴはつねに「正しい」。

タントラの言語は、ハートだ。
語られることはあまり重要ではなく、それよりもその語り方が問題であって、言葉は重要ではない。
その器、つまり中身、つまり伝えたいことのほうが重要だ。
これがハートとハートの対話であって、マインドとマインドの論議ではない。
タントラは、討論ではなく、交感(コミュニオン)だ。

タントラは、あなた自身が閉じていたら、まずあなたの閉じている状態を壊す必要にでる。
そのため、攻撃的にならざるをえない。
さらにあなたの偏見、あなたの先入観、そういったものも破壊しなくてはいけない。



これは実際、わたし自身も、またライトワークの特に探求サポートで、dozenはこの真実を幾度も体験してきた。
さらにタントラは言う。

深く愛しているときには、マインドは存在しない。
そこに過去はない。
今の瞬間こそがすべて。
現在が唯一の時間。
今がすべて。
過去も未来もない。
 


タントラを知っていく中で熱く語られているメッセージは、実践だった。
タントラはそれをこう表現している。

「行なうことが知ること」であり、それ以外に「知ること」はない・・・と。

実践し、体験から得た真実こそ真実だという。
それ以外は、思考の頭の中だけの真実であって、実際にはその人の真実ではない、虚偽だと表現されていた。
実践の真実・霊性と、思考の真実・霊性との
質、真実味、価値、深さ、霊的状態、真実の愛など、なにもかも実はまるで違うもの。
そうタントラは語っている。





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2006年02月05日

すべては自己選択

■2月2日:すべては自己選択■


今日は朝から家の扉関係のお直しに、さまざまな業者が訪れている。
各部屋に通じる扉を直すのに携わる人もいれば、クローゼットの扉の開閉を調整するのに携わる人もいる。
同じ扉という種類に触れる人でも、扉の用途によって携わる人も業者も違う。

扉かぁ・・・。
スピリチュアルの扉や、ハート扉・・・。
自己成長する中でも、いろんな扉ってあるよなぁ。
その扉ひとつひとつオープンするのにも、いろんな人の援助ってあるよねぇ・・・なんて、そんな光景を見ながらわたしはつくづく感じていた。

扉という種類ひとつにもこうなわけで、とすると家ひとつに、どれだけの職種の人が関わっているんだろうって。
家=内も同じだな・・・と感じていた。

家(=内)は、自分だけで出来上がるものではない。
持ち主・住人・管理・主は自分であっても、どう扱うかは自分であっても、その内が在るには、今までも今も自分に関わってくれているたくさんの人との交流を通して育まれてきている。

だから自己探求こそ、人との交流も欠かせないし、日常にある。
たまにはこの逆も活きるけど、常時この逆は危ないし、霊的古い真実だとわたしは感じているし、あくまで自己中心的な自己探求に感じてならない。

世の中にはさまざまないろんな家(=内)が存在し、いろんな材質や形やデザインや大きさがあり、
その家(=内)を選択したのも自分だし、
どういう住み方(=扱い方)をするのも自由選択だし、
どんな人(=エッセンス)を家(=内)に招くかも自分の選択だし、
修繕するのも改築するのも、引っ越すのも、どんな業者をやといどんな風に、また誰に援助(=自己探求の援助やライトワークのチョイスなど)を依頼するかもすべては自分の選択。
それらをどう活かすかも自分でしかない。

自分自ら設計した家(=内)に住む人もいれば、
専門の設計士に依頼した家(=内)に住む人もいるし、
両者は自分の創造をオリジナリティに具現として反映さすことが出来る。

出来上がった既成の家(=内)や、
量生産の同じ間取りの家や団地、マンションもある。
これらすべても自己選択。

親から与えられた部屋(=内)に住む人もいる。
その部屋に実際に住んでいるのは、承諾した結果=自己選択である。

外見や間取りだけでもこうやってさまざまな上、実際の部屋や家の様子もさまざまだ。

自己創造した間取りや、既成に不満を抱き続ける人もいれば、
創造や既成を上手に活かし、自分なりの心地よい空間創り(創造)をし住んでいる人もいる。

綺麗に住んでいる人、ホコリや汚れまみれに住んでいる人、
シンプルに住んでいる人、物だらけで住んでいる人、
整理整頓されている家(=内)もあれば、散らかり放題な家(=内)もある。

庭や内装など家の手入れがまめにされている家(=内)もあれば、全く手入れが放置されている家(=内)もある。
とても心地よいインテリアや家具セッティングされている家(=内)もあれば、やたら居心地悪い家(=内)もある。

家の大きさ小ささは、やはりバランスだなと感じるし、大きいからといってそれがイコール実際の心地いいに直結するわけではないし、小さいからといって心地悪いわけでもない。

そこに住む人の感覚や生活、文化や育った背景、その人の職業や個性によっても必要とする大きさは違う。
住む人に合わせて、ちょうどいいと感じられる大きさは違うのだ。

やたら大きな家に住んだはいいけど、家政婦を雇えるわけでもなく、また雇うのがもったいないという理由から、1日、掃除に追われている主婦たちがいるのも知っている。
どういう1日を過ごすかは住人の自由だし、それも自己選択。

家の換気が行き届いた家(=内)もあれば、ゴミ臭さや悪臭が感じられる家(=内)もある。

家(=内)っていろいろさまざまだなぁって感じるし、結局すべては自己選択で自己責任の上にすべては成り立っていると、つくづく感じた。

それにこれって、経済(お金)の在り方にもまた置き換えられるなぁとも思った。
家もそうであるようにお金も結局、自分を知らないと「ちょうどいい」がわからないから、分かるまでお金に関していっぱい学ぶ人生プロセスが用意されることになる。
その用意されるプロセスは何のために用意されているのか・・・。

結局それは、内を学ぶためでしかない。

家の話に戻ると、何よりそこに住む人の持つ空気・オーラ・エネルギーが反映されている。

そしてこれらを超えて、実際その家(=内)に住んでいて楽しいか、幸せか、満足を感じているか、リラックスできるか、気持ちいいか、その家(=内=自分)が好きかなどが結局、大切なわけで。
一緒に住む人(シェア・家族・伴侶)とも、そこで快適に過ごしているのか。
こういうことが、結局どんな家(=内)に住んでいようが一番大事なことだとわたしは思う。





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posted by dozen at 21:40| 10 Lotus Life | 更新情報をチェックする

Simple & Natural な Peace

■2月1日Vol.2:Simple & Natural な Peace■


Peace内ではエゴも愛も、どうやら露骨に現れるようだ。
わたしの目からはそう観える。

そしてエゴに陥った時に共通するものも見せてくれる。
それは、視野が狭く、自己中心でしかなく、都合のいい解釈(はき違えなど)や正当化(善悪のマインドからの判断)、自己愛や感謝の欠如、批判、ずるさ(すりかえなど)。
これらが典型的な特徴として出る。

エゴの状態にいるとき、人はどのようになるのかを、まざまざとワーカー専用のコミュニティー内で、みんなは直視することになる。(もちろん!愛も!)
またエゴの状態を誰かが見せてくれ、と言うわけでも言ったわけでもなんでもなく(笑)、当事者自らが自分がそういう状態にいるとは気付かず、自発的に進んでみんなの前でエゴの自覚なくオープンに表現することになる。
ごく自然に。(必然に。)

そして各自ワーカーは、あげられたそのトピックによって自然に自分自身を返り見ることになり、自己の探究も踏まえて、また、Peaceが愛の成熟を目的としていることをもう1度再認識することを自然にすることにもなり、その上でPeaceワーカー各自は発言することに、自然になる。(自然=必然。)

これらこのプロセスは誰かが仕組んだわけでもなんでもなく、ごく自然にそうなっていて、事が実際に起きたことでそういうプロセスがもたらされるようになっているPeaceの霊的仕組みにわたしは気付いた。
完璧としかいいようがない。
霊的法則そのものの仕組みになっているなんて。

シップを組むよう促がされたのも、みんなはシップを体験することによってその体験が深まっていくことで、なぜわたしにそうガイダンスによって促がされたか、ワーカーたちは理解を示すようになってくれた。
毎月のシップチェンジのガイダンスも、なぜその人とシップを組む必要があるのか、その高次の導きも、ようやく理解が示されるようになった。

初めのうち、いやつい最近までも、各自の理解度や体験から得る深さや質が違うため理解度が異なり、シップに違和感を示しメールしてくるワーカーや、Peaceのあり方をトピックで指摘するワーカーもいた。
ガイダンスであること、導きであること、促がされたこと、これらじたいの受容さえ、エゴフィルターで観るものもいた。
それらがようやく愛へ変換し出し、その変換するエッセンス自身を担ったのもまたPeaceワーカーの存在そのものだった。

今ではきっと全員が、このシップの大切さ、Peaceが恵まれた環境である事実と真実を知ったと思う。

もちろん発言さえも自由。
してもしなくても、それさえも自由。
参加し向き合うことも、傍観することも自由。
参加すれば、それは自分と向き合うことも同じになる。
傍観するなら客観的に自分を振り返ることに繋がる。

つまり誰かがエゴの状態に陥ったときほど、各Peaceワーカー自身が自分自身と向き合い、愛を学ぶことを迫られる。
これは誰かが誰かに迫られるわけでもなんでもなく、探究そのものの土壌であるからこそ、各自が各自の内なるものによって迫られているのだ。
そう、すべては自分であり、自分自身に・・・愛を学ぶことを、自分と向き合うことを迫られているのだ。

エゴが浮上すると愛の合図・・・とはよく言ったもんだと、自分の言っていることに改めて驚く。

Peaceはワーカー全員がワンネスとなって反映することも体験している。
Peaceの誰かに起きていることは、全員にとっては自分の一部の反映でもある。
もちろん愛も!

エゴが合図となり、愛を学び強化されるとき、みんなの愛も質は違えどまた同時に強化されていく。
誰かがエゴを浮上させることは、自分の一部も浮上させたも同じこと。
その浮上に、愛をもって取り組むかどうかは各ワーカーしだい。
恐れを抱くなら、自分を恐れているも同じ。
恐れにエネルギーを加担(自分のエゴで同調してしまう)させてしまうのか、愛に変換する勇気を持つのか、それも自由。

Peaceは先月、大きく愛の成長が始まりだした。
やっとPeaceらしい味が出てきたと、わたしはかなり感銘したし心からPeaceワーカーの愛に感動し、ワーカーたちの素晴らしさに心が躍った。

そして今、Peace内では人を変え、次なるエゴが浮上している。
そのエゴの背景をよく分かっているのがdozenであり、背景は表に出ず、都合のいい部分だけがどうやらみんなの前、表に顔を出した様子。(それに至ったプロセスも説明されてはおらず、真の動機さえも本人はもしかすると気付いていないのかもしれない。)
どこまで各ワーカーが霊的視野をもって愛に取り組むか、再び各ワーカーの成長・進化・創造へのチャンスが巡ってきた。
つまり、次なる愛がスタートしだした。

コミュニティに愛をもって愛を育むための提案や意見を述べる人もいれば、批判や違和感を意見(当事者に自覚がない場合もある)として、ワーカー専用のコミュにトピックを上げる人もいる。
どちらも結局は愛を育む提供をしているわけだだけど、Peace=自己探求・創造=自分、つまりはPeace=自分自身であることに気付いている人がどれぐらいいるのだろう。
Peace創りは自分創り、Peaceは愛の成熟へ向かう自分自身でもあることを。
地球が目指している向かっている状態と同じ、小さな小さな具現化がPeaceであることを。

Peaceは導かれ誕生している。
ならば必ずワンネスとして、宇宙の在り方の具現化として置き換えられることができるはず。
霊的真実と見合わない要素をもっていたり、宇宙の法則の具現化として置き換えられない要素があるならおかしい。
愛の成熟が目的という、これほどハッキリした霊的真実、法則をもったPipe of Peace。
これはPeaceだけじゃなく、1人1人の内なる霊的真実そのものであり、この宇宙、創造すべての真実。
だからこそ、Peace=自分と言える。

自分であるPeaceに批判やエゴを投げかけるのか、愛をもって愛を育む取り組みを 投げかけるのか。
消極的か積極的か、他発的か自発的か、他人事か自分事か。
どちらの状態でどのようにエネルギーをもちいているのか。
それは自分自身にしていること。
Peaceに向き合えないということは自分自身に向き合えないこと。
Peaceが人事ならば、自分に対しても人事の姿勢だろう。
Peaceは探究&創造そのものになっていた・・・と、以前、気付きの日記で書いた通り。

Peaceはとてもシンプルで、ナチュラル。
愛そのもの=表裏一体(エゴ&愛)で、真実の愛のエネルギーを産み出す。

愛に変換することなくエゴの状態にとどまり続けようものなら、そう在り続ける当事者本人が違和感を感じ、いつづけられなくなる。
誰かがそうするわけでもそうさせるわけでもなんでもなく、その者自身のエゴに化したエネルギーが自分自身をPeaceにいつづけられなくしてしまう。

Peace=愛の成熟ならば、Peaceに違和感や離れる状態になるとき、必ずと言っていいほど、愛の成熟とは逆のエゴの成熟に向かっているか陥っているときだ。
このことはわたしだけじゃなく、今いるPeaceワーカーたち全員がその通りだと自負していると思う。
これは明確に明白に、Peace内で全員が共通に体験し味わったことなのだから。

この体験も、もちろん強いられてでもなんでもなく、ごく自然発生し体験し、その事実、真実を知ることになった。
これからもさらに体験するだろうし、いつPeaceワーカーになっても体験できるかもしれない。笑
それは真実の愛を産み出す自然なプロセスなのだから。
これも宇宙の法則そのもの。

そしてエゴを愛に変換させだしたとたん、とたんに違和感などが薄れ出し楽になり始める。
感謝が内から湧き起こり出すなど、エネルギーがどんどん愛に変換し始める。
利己的な都合のいい解釈から、真の解釈へと本当の意味が見出せるようにもなっていく。
そして観えなかった自分を知り始める。
これらも宇宙法則そのもの。

Peace内の誰かが誰かをそうするわけでもなんでもない。
すべては自分。
自分自身がそうさせている真実。

そのように宇宙は初めから創られ在る。
またPeaceも同じ。
Peaceはシンプル、そしてナチュラル。
誰も操作できないしコントロールできない。
ただ1人1人がPipeパイプでありエッセンスでもあり、そしてすべては自分で自分をPeaceに反映させている真実。
誰も他者をコントロールすることはできず、何もかもすべては自分であるという真実にいやおうなく触れるようになっている真実。
すべては自然、宇宙の在るがままの状態にPeaceも在る。

愛への成熟へと具現化の役目をもっているのは、もちろんなにもPeaceだけじゃない。
他にもあると思う。(わたしはまだ知らない。)

本当のPeaceの深みを知ろうとしている人は実際どれぐらいいるのだろう。
本当に真に愛の成熟へと取り組んでいる人、自分に向き合い実際に実践している人はどれぐらいいるんだろう。

Peaceが在るがままなだけに、人の内を浮き彫りにしていく。

だからこそ、真の愛や真の真実を求める人には非常に価値・質が高く、
逆に自分を知ることや自分に向き合うこと(=自己探求・創造)に恐れを抱いている人にとっては、脅威や恐れなどを感じたりエゴフィルターで見たりしてしまうのだろう。
(Peaceワーカーたちの中でさえ、自分の内の状態ひとつで、Peaceへの価値を簡単にへんげしてしまう。)
これはdozenに対しても同じだとわたしは感じている。
だから目が離せないと言われ、夢中になるとも言われるのだろうし、逆にエゴフィルターでもdozenは見られてしまうのだろう。

OSHOじゃないけど、動があるところには愛が在る。
動があるからこそ、真に興味を持ったら目が離せないし、夢中にもなる。
実際に動いてもいるわけだから、次はどうなるのだろう、どんなことが起き、どんな実践や体験や真実や感じた想いが綴られるのだろうと、興味が湧き、それに突き動かせられる。

自己変容・進化(愛にフォーカス・実践)を実際に取り組み出している人、その準備ができた人、できつつある人にはたまらない魅力にもなり、近づきやすく、
真に自分と向き合うことに、実は怖れ(エゴにフォーカス・頭でっかち)を抱いている状態の人には、違和感なり怒りなり批判なりジェラシーなりへとへんげし、近づきがたい。
すべては結局、Peaceやdozenを鏡にし、自分の状態を映し出しているに過ぎない。

これらすべてはPeaceやdozenに触れている人の心の内奥で抱かれている状態であって、その人が実際に外へと表現している言葉や外的要素では、その人の内奥の真意が真に分かるものでもない。
だからこそライトワーカーであるとかないとか、スピリチュアル歴が長いとか浅いとか、スピリチュアル情報を多く知っている知っていないとか、これらは内奥の真意に全く関係がないし、真意はスピリット自身の問題である。

真実の愛のエネルギーを多く有すれば有するほど、それに触れる者は自らの愛もエゴも、自ら自分で引き出すことになり、その投影を愛だけではなく、エゴさえも投影(ぶつける)さす。

その法則は以前、日記で書いた通りサナンダが語っているし、事実、宇宙法則であり、誰もが真の意味でいつかは霊的投影される側をも味わう。
みんな同じ素材でできているのだから。
誰かだけか特別ではなく、みんなが特別の神の賜物として愛の賜物として創られている。
ただ、創造された、創造した自分をどう活かしどう味わい、どう扱うかは、それもまた自由意志である。
みんな各自の存在は特別の創造であり、各自の自由意志の選択の元、同じ素材の元、それぞれの体験や経験、実践してきたことの量や質、深み、内なる霊性の状態は自然に違っている。

その違い=霊性の状態や個性を、今、時を共に過ごしている何歳のわたし・・・状態で計れるものではないし計るものでもない。
スピリットは広大で、いつ何を体験するかが各自違うだけで、全く同じ土壌の創造の中の宇宙・地球にいる。

自ら進化するよう創ったのは神であり、わたしたちであり、初めからそうであり、進化に終わりはない。



P。S。
この日記を書いた翌日には、あるワーカーのエゴが愛に変換された。
はやっ!!
しかも当事者のワーカーの気付きがすこぶる早く、あっという間にエネルギーを愛に変換しだし、愛を再び育み始めた。
この変換の速さは、実は本人の普段の自己探求の質が反映される。

今回の愛の合図で、みんなは何を学んだのだろう。
各自、どんな愛を育みだしたのだろう。
実はその育む愛の質がどうだったかは、次の愛の合図が訪れたときに反映される。

人が愛をもって進化することに直接触れる環境にいるこの素晴らしさ。

龍は横浜でつくづく言っていた。
Peaceもそうだし、dozenのライトワークの中では、特に愛の進化に触れる機会が多いのが探究サポート。

本当に人の愛の進化を目の当たりにするたびに、龍は心からの感動を聞かせてくれる。
「こんな愛に溢れた仕事ってないよ。仕事でこんなにも感動を味わえて、自分も人も実際に本当に進化して。それを如実にリアルに体験できるなんて。俺、本当に良かった。スピリチュアルに目覚めてよかった。会社も辞めてよかった。今こう在ることがなんて恵まれているんだろうって。これこそ本当に愛をもって仕事をしているってことだ。質の深い愛の感動を仕事から得られるなんて、俺ってなんて素晴らしい仕事をしているんだろう・・・。」

もちろん愛ある仕事はわたしたちのような仕事だけじゃない。
けど自分の仕事を真に歓べるって、素直に最高だと思う。
この龍の感じたままの言葉は、おこがましくもなんともない、本当に素直な龍の、心から湧き出てきて口をついた言葉だった。
なんて素直に感じたことを口にしていたか。
そんな龍を見ているわたしの方が、龍を通して感動した。
ほんっとに素直に歓喜している状態って、このことなんだろうなって、それに感動したのを思い出した。





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posted by dozen at 02:28| 10 Lotus Life | 更新情報をチェックする

2006年02月04日

My home (自分の内)

■2月1日:My home (自分の内)■

横浜から帰って翌日に引っ越し。
そしてその2日後からネットが使えなくなった。

今もまだプロバイダーの移転が完了せず、横浜への出発から数え、PCを離れて約2週間が経とうとしている。
龍がワードに日記を書き込む方法を教えてくれたので、繋がるまでの日記をここに書くことにした。
それを龍がコピーして持ち帰り、ブログにアップしてくれるとのこと。
感謝♪

新しい家もすっかり片付き、一段と物も少なくなって、よりシンプルな暮らしが始まった。
dozenの活動もここで気持ちよく、新たに始まっている。(我が家がdozenの活動拠点?事務所?になっている。)
・・・と言ってもネットが繋がっていないのでそれ以外のことをするしかない。

我が家で唯一、片付けられていないのが、本。
本棚だけがまだ完成していないので、収納することができない。
ネットは仕事&コミュニケーションツール、本は情報。
この2つだけが処理できずに残っているのは何か意味があるんだろうと思っていた。

どちらもいずれは近い内に完了するもので、先が見えない、可能性がわからないことでもない。





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posted by dozen at 02:04| 10 Lotus Life | 更新情報をチェックする

2006年01月20日

Tantra

龍を通して素敵な情報が入ってきた。
タントラだ!

0119:2006
Tantra essence
photo : dozen/Ren
Free sozai OK↓
84b.jpg


龍はここ最近ずっと、タントラのちゃんとした情報を探していた。
タントラは公にされていない秘儀も多いらしく、龍はなかなか思う情報が得られないでいた。
すると、わたしたちが愛にフォーカスし出したとたん、翌日にひょっこり見つけることができた!




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posted by dozen at 00:17| 10 Lotus Life | 更新情報をチェックする

2006年01月19日

まさにすべては自分そのもの

ここ1ヶ月、わたしは『リラクゼーション』というメッセージを多々受けてきた。
ことあるごとに『リラクゼーション』するようにと。

0117:2006
Oneself entirely
Pfoto : dozen/Ren
060117.ren.jpg


共同創造へ向かうためのブログの維持や、Peace、dozenのライトワーク、龍との関係、母子家庭の維持もある・・・、これらすべてに情熱をもって行動してきて、年末から疲れが見え始め、1月に入って何度もリラクゼーションを言われ、とうとうこの1週間はピークを迎えてしまった。
おまけに引っ越しが目前にせまり、その準備にもう数日しかない上、横浜行きも目前。


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posted by dozen at 14:17| 10 Lotus Life | 更新情報をチェックする

2006年01月12日

低次地球外生命体の関与

龍はずっとスピリチュアルセックスの向上に取り組んでいた。
進化すればするほど、さらにどうなっていくのか必然と知りたくなるのも当然だと思う。

0107:2006
Pitch dimension
Photo : dozen
Photography:Ryu Processing:Ren
Free sozai OK↓
68b.jpg


龍に比べ、わたしはのんびりしていた。
スピリチュアルセックスの向上は=(イコール)わたしたちの真実の愛の反映そのもの。
真実の愛はイコール、わたしたちの霊的進化の反映だし、霊的進化は、わたしたちの内の向上・成熟も反映する。
それには・・・


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posted by dozen at 21:03| 10 Lotus Life | 更新情報をチェックする

2006年01月09日

Kyoto Kurama temple inspiration photo


0102:2006
Vol.2
Mystery overflowing Kurama temple
photo : dozen/Ren
Free sozai OK↓
69b.jpg
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posted by dozen at 17:10| 10 Lotus Life | 更新情報をチェックする

Kurama spiritual clear walk

元旦の伊勢からのようやくの帰宅後、
「明日は鞍馬に行くぞ!!」
唐突に龍が言った。
やっぱり・・・。
内心そう思った。
0102:2006
Real clear Spiritual walk
Photo : dozen/Ren
Free sozai OK↓
B62.jpg

元々、元旦に鞍馬に行こうという話が持ち上がっていたが、鞍馬は高い位置にあって寒いし、だいたい元旦に鞍馬に向かう1車両の叡電が走っているのかさえあやしい。
そんな風になんだかんだ言っている間に鞍馬話は流れ、元旦は内宮に向かった。
けど、その伊勢に向かう最中、わたしはどうしても鞍馬にも行くように言われている気がしてならなかった。

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posted by dozen at 16:47| 10 Lotus Life | 更新情報をチェックする
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